「おーおー…かわいこちゃんたちがたーくさん」
「千秋。目が変態くさいよ」
窓際の席へ座った二人の視界には、校門にたむろする他校の女子高生の集団が映っていた。
「なーによ?男なら気になってとーぜんでしょ、譲くん」
「…別に」
ヘラヘラ笑う千秋に返される視線は、冬の北海道の気温より冷たい。
「直江くーんってとこか?」
視界に入る色とりどりの制服に囲まれた紺色の制服に、からかいの言葉を吐く。
校門では、長身の青年が今まさに登校してきているところだった。校門にたむろする女子高生の集団が一斉にその青年を取り囲む。登校してきた他の生徒がそれを迷惑そうに横目で見ながら校門を潜っているのは笑いを誘う。
「お!本命到着」
直江より数メートル先に、高耶の姿が見えてきた。その様子に、千秋は身を乗り出して眺める。
しかし、待つこと数分。予想していた光景は一切見られなかった。
「あら……?」
その千秋の反応に、譲はふふんと笑う。千秋は硬派な高耶が女子高生に取り囲まれ、狼狽える姿を想像していたが、現実は高耶は普通に校門を通っただけだった。
「残念でした。高耶には不可侵協定が結ばれているから、高耶に女子高生が群がることはありません」
「はぁ…?なんだそりゃ」
不可侵協定という不可解な言葉に、千秋は怪訝な表情を浮かべる。
「途中編入した千秋は知らないだろうけど、去年のバレンタイン前に女の子たちが高耶の前で喧嘩しちゃってね。あんまりにもそれが酷くて高耶がキレて、一切のバレンタインに関する贈り物を拒否したんだ。だから、今年は窓口受付のみ」
「知らないだろうけど」という言葉に力を入れつつ、譲は説明する。
「へ〜〜なんか、まぁ……なんちゅうか…ばっかみてぇ」
呆れた表情を隠しもせずに千秋は言う。
「で、その窓口ってのはどうも直江さんみたいだけどね」
ばっかみたいと呟きながら視線を教室の入り口に向ける。
「おはよう高耶」
「おう」
直江には興味が始めからない譲は、一瞬で先ほどのまで見ていた光景など記憶の彼方へやり、高耶に意識を向ける。
「はい」
譲は高耶に小箱を差し出す。
高耶はそれを疑問の表情で見詰める。
「チョコレート。僕からならもらってくれるでしょう?」
「あ……あ。でもチョコレートって…」
「ふふ…別に友達同士なんだし」
「……サンキュ」
いまいち納得はしていない表情の高耶だったが、親友の譲からのものだったのでとりあえずは受け取る。
「これで僕が美弥ちゃん以外で今日初めて高耶にチョコをあげた人間だね」
「あ……あ」
ニッコリ笑う譲の様子に高耶の目が泳ぐ。
「高耶?」
譲は不審な声を出す。
「え〜と、直江が…」
「!?」
譲の鋭い視線が高耶に突き刺さる。
「高耶?」
「朝…さ」
高耶は譲の尋常でない様子に引き気味に、言葉を途切れさせる。
「直江さんっ」
たった今、廊下を横切ろうとしている直江の姿を認め、譲は直江に怒りの声を掛ける。
その譲の呼びかけに足を止めた直江は、他クラスであるにもかかわらず、堂々と教室に足を踏み入れる。
「いかがなさいましたか?」
ある種の優越感を感じながら、譲に声を掛ける。
「高耶にチョコを渡しているってどーいうこと!?」
「どういうって…本来バレンタインってのは日頃の気持ちを表す日ですからね。それにあやかって、私も日頃からの高耶さんへの気持ちを表しただけですよ?」
別に色恋なんて言葉は一切使わずに、親愛の情を現しただけだと聞こえるように、直江はいけしゃあしゃあと告げる。
「へ〜〜日頃の気持ちですか?」
直江と譲の間には見えない火花が散る。おかしな二人の間の雰囲気に気が付いた高耶は、二人の様子の所以はわからないなりに、宥めようとする。
「おい、二人ともどうしたんだ?別にオレはいつもらおうが、二人からならちゃんと受け取るから…」
高耶の言葉を聞いた途端、直江と譲は盛大に溜め息を吐きつつ視線をお互いから外す。
丁度タイミングよく始業のチャイムが鳴り、直江は自分の教室へ移動し、高耶たちもそれぞれの席に着いた。
去年とは異なる、通常通りの一日を終え、いつも通りに譲と連れだって帰路に着く。直江は生徒会の仕事で放課後は帰宅時間が異なるし、千秋は毎日誰それとデートだなんだと忙しく、帰宅はいつも譲と二人だ。
「じゃーな」
「ああ」
途中寄り道をしつつ、夕食前には家に帰るのが二人の日常だ。
高耶が美弥の当番だった夕食の後、テレビを観つつゆっくりとしていたら玄関のチャイムの音が鳴った。
「だれだ?」
洗い物をしている美弥に気を遣い、重たい腰を上げて玄関の扉を開ける。
「あ?どうしたんだ?」
高耶が開けた扉の外には予想しなかった人物が立っていた。
「なんだ…その荷物は。直江?」
「お預かりしていた荷物を届けないのもどうかと思いまして……」
その両腕にはカラフルな箱が沢山抱えられていた。
「高耶さんへのバレンタインの贈り物ですよ」
高耶のよく解っていない表情に、苦笑しつつ直江は教える。
「あー……でもなんでお前が?」
その一言で何となく得心が言った高耶が、疑問を直江にぶつける。
「去年の高耶さんの様子を見て、今年は私へ持ってくるように早くから根回しをしていたんですよ。ついでに名前などもチェックしていますので、よかったら活用してください」
「サンキュ。でも、よくこんな量のチョコ運べたな?」
「車を使いましたから」
その直江の言葉で高耶は、直江は小学生の頃に一年留年していて、夏休み中に免許を取りに行っていたことを思い出す。
「おにーちゃん、誰だったの?」
キッチンから美弥の声が響く。なかなか玄関から戻ってこない高耶の様子が心配になったらしい。
「悪ぃ……とりあえず、これ中に入れるわ」
「ええ。その後、一時間ほど出てこれませんか?長時間車を路上に止めるわけにも行きませんから」
「わかった。ちょっと待ってろ」
「こういう行事の時には、つくづく留年していてよかったと思いますよ」
ハンドルを握る直江は、正面を向いたまま高耶に話す。
「おい?」
直江の留年理由を知っている高耶は、その言葉に反射的に直江に視線を向ける。
「そういう意味ではないですよ。生きていてよかったと思っています。でも、留年していなかったらあなたへ出会えなかったかもしれないですし、同じ学年なおかげで三年間一緒に居ることが出来る」
「……そうだな」
直江は子供の頃に手首を切っている。その傷は致命傷にならなかったのだが、その後精神のバランスを崩し学校に通うことが出来ずに、結局他の同じ年の子供より一年遅れることとなった。
「生きることに無常を感じていた私は、あなたに出会って世界が一変した。あなたに出会うまでは、ただ生きていた。息をして食事をして排泄をて、でもただ心臓が動いている人形となんら変わるところがなかった。世界がこんなに楽しいものだなんて知らずにいたでしょう」
信号が赤に変わり、車は停車する。
「あなたが私にとっての世界なんです」
直江は高耶の顔を見て言う。
「ずっと側にいて下さい」
その言葉に高耶は力強く頷く。
「当たり前だ。お前がもう嫌だと言っても、オレはお前を離すつもりはない」
「また来年も一番初めにチョコレートを受け取って下さいね」
その言葉に、高耶は照れ隠しに俯き、憮然として呟く。
「……仕方ないな」
高耶の言葉に笑みを浮かべた直江は、車を発進させるため前方に視線を向け、アクセルを踏み込んだ。
―――St.Valentine's day
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