「仰木さん!!」
自室の前に着いたところで、卯太郎に呼び止められた。
「どうした?」
ケーキを卯太郎から隠しながら振り返る。
「これ!!頼まれた資料です!」
廊下を走ってきたのか、息を切らせながら、分厚いファイルを差し出した。
「ありがとう」
微笑をこぼしながら礼を言う。
「走らなくてもよかったんだぞ?」
慌てて駆けてきた卯太郎にからかうように言う。
「仰木さん探してもみつからんですき……そこを歩いていたら後ろ姿が見えたので慌ててしまいました」
照れ笑いする卯太郎は弟のようでかわいい。
高耶が時々調理場にいることは、現在ほとんどの隊士が知らない事実だ。調理班のメンバーは堅く秘密にしているし(調理班では他の隊士にばれないよう箝口令がしかれている)、そのことを知っている高耶の周囲の極極少数(2、3人程だ)の人間はわざわざそのことを吹聴してまわる人間ではない。そのため、卯太郎は高耶が調理場に時々顔を出しているなど全く知らない。
「ありがとう。助かった」
「そんな!!」
高耶の言葉に卯太郎は恐縮する。
卯太郎にとって崇拝さえしている高耶の役に立てることは、誇らしいことである。まして今では平隊士にとって直接話せる機会など本来滅多にない高耶だ。こうして時々用事を頼まれることは卯太郎にとって嬉しいことでしかない。
「ついでに、もう一つ頼まれてくれないか?」
「??構いませんよ?」
今度は何だろうと、素直に表情に出ている。
「橘に今夜俺の部屋に来るように連絡してくれないか?」
「いいですけど……??……」
直接呼び出せばよいのに……と思っていることが手に取るようにわかる。しかし、今夜自分の部屋に直接呼ぶのは、なぜか悔しい。で、頼まれたら断らないだろう卯太郎に頼む。
ズルイ……な。
逃げを打つ自分に自嘲する。
「悪いが頼むぞ」
「ハイ!今夜仰木さんの部屋にですね」
「じゃ」
卯太郎に背を向け部屋に入る。
ドサッ
部屋に入り畳の上に座り込む。
「ふぅ」
息を吐き、スポンジケーキのケースを傍らに置く。くつろぎながらなんとなしに卯太郎が持ってきたファイルを開く。
パラパラとめくりながら見るともなしにみていると、だんだん資料に意識が集中してくる。そうこうしているうちに、気付くと日が暮れだしていた。
「もうこんな時間か……う…んっ」
立ち上がり、こわばった体を伸ばす。
「っと」
ケーキの入ったケースを持ち上げ廊下に出る。
まだ夕食の時間には少しはやい。おかげで、そこまで多くの隊士に見とがめられることなく、調理場に向かえる。
「悪いな」
調理場に入ると、調理班のメンバーが忙しく隊士たちの食事の用意をしている。
「仰木隊長……」
「そのまま準備続けてくれ」
高耶の言葉に、隊士たちは食事の準備を中断することができず、高耶の方に気を取られながらも作業を続ける。
「さっきの生クリーム少し塗らせてくれないか?」
「構いませんよ」
「ケーキ美味かったです!!」
一人の隊士が先ほどのケーキの感想を述べると、他の隊士たちも礼やら何やらを言い出す。
「そうか?よかった……」
隊士たちにはわからないほどの変化だが、照れ笑いの表情を浮かべる。
話ながらも手は動かす。デコレーションをするための準備を手早く行う。
「っとあとは……ああ、あった」
準備を整えると、スポンジを三枚に切り生クリームとフルーツをサンドしていく。次々と挟み、スポンジを重ねる。重ね終えると側面と上にも生クリームを塗り、イチゴを飾る。
「よし」
高耶は出来映えを満足げにみる。
「完成ですか?」
「ああ」
一応……な。
実はまだチョコレートの”HapyBirthday”と書かれたプレートとロウソクが残っているが、初めからこれは自室で飾るつもりだ。
隊士たちが集まってくる。
「きれいじゃな〜」
料理好きな隊士たちばかりだ。中には、このような菓子作りを気に入る隊士もいるのだろう。自分にもできるだろうか?と訊く隊士までいる。
「本屋に菓子作りをわかりやすく説明している料理の本もあるはずだ。探してみるといい」
「よっしゃ!!明日さっそく行ってみますき。わからんとこあったら教えてください!」
「ああ、時間があるときなら構わないぞ」
「本当ですか!?」
高耶の言葉に隊士たちは色めき立つ。この場のいったい何人が心の中で、明日料理の本を買いに行くことを誓ったのか(笑)
片付けも済ませ、他の隊士たちが夕食に集まる前に自室にいったん戻る。
兵頭あたりに見つかったら何と言われるか……
そんな思いから自然と早足になる。
部屋に戻ると、そこには直江がいた。
「な……橘!?」
もう少し遅くなるだろうと踏んでいた直江が自室にいたことに驚くが、直江の表情をみて可笑しくなる。
「どこ行ってらしたのですか?」
多少早く着いたとはいえ、アジト内にいるはずの高耶の居所がわからず苛ついていた。やっと戻ってきた高耶に、拗ねたい心境だ。
クック……
直江の考えていることが手に取るようにわかる。一度自室に来て、自分がいないのを確認した後、心当たりを探したのだろう。だが、見つけることができなかった。それで拗ねているってとこだな。
複雑そうで単純な性格の直江の考えることなど、四百年一緒にいた高耶には明白だ。
「ちょっとな……」
言葉を濁す高耶に、直江は穏やかならぬ心境だ。
「飯食いにいくぞ!」
そんな直江に、高耶は手に持っていたケーキを机の上に置き、強引に食堂に連れて行く。
「高耶さん!!」
避難の声色が含まれる呼びかけにもこたえない。
よって直江のフラストレーションは、ますますたまる一方だ。
「そんなの後だ!」
「本当に後で話してくださるんですね!」
「ああ……」
どのみち、後で全てわかってしまうのだ。
後でならいくらでもっていう心境だ。
食事中も直江は悶々としていた。高耶さんとの久しぶり(彼にとっては、という注釈が付くが)の食事の最中であるにもかかわらず、先ほどのことが気になって食事が楽しめない。
そうはいっても、高耶は食事の後ならば……と言ったのだ。有言実行の高耶である。早く食事を済ませて二人っきりになればいいだけの話だ。と自分を納得させ、食事を胃に流し込む。
やっとの思いで食事を終わらせ高耶の部屋に向かう。
これで真相が聴ける。と、思っていると、いきなり少しの間外で待っとけと言われるが納得できるはずはない。
「なぜですか?先ほどあなたは食事の後なら話してくれるといいました!」
「いいから!!少しの間だ!!!」
不服そうな直江の様子に、切り札を持ち出す。
「命令だ」
景虎の瞳で冷ややかに見詰められる。
その視線に直江はその場に縫い止められる。
直江を部屋から閉め出した後、高耶は部屋の中でチョコレートのプレートをケーキにのせ、ロウソクを立てる。
その間、直江は部屋の外で立ちつくしていた。なぜこのような態度をとられるのか心当たりがない。だが、自分に何か落ち度があったのだろうか……と悶々としている。
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