朔の里
 翌朝、日の出と共に起き出した直江は、昨日繋いだままにした妖の様子を見るために起き出した。
 妖の居る部屋を覗くと、もう起き出していたのか一生懸命繋がれた紐を噛み切ろうとしているところだった。
 しばらくそれを眺めていたが、妖の様子に直江は得心する。腰をモジつかせていたのだ。ふむ、と少し思案し、妖に近づく。そして、その結はい付けた紐を解いてやり、一目散に掛けていく様子を眺める。
 草の陰で、緩んでいく表情に直江は自分の予想が当たっていたことを知る。昨日の朝拾ってきてからずっと捕らえ続けて、排泄をさせていなかった。食事をさせたのだ。生きている妖は、欲求を感じて眠れなかったのかも知れない。
 かわいそうなことをした、と反省しつつ、妖に近づく。
「終わったらこちらに戻ってきなさい」
 声を掛けてやり手水と食事の用意を式に命じる。
 直江自身は、どうやら着物を着ることを厭っているらしい妖に、何かないかと思案する。いくらなんでも、人と同じ形をしている妖が、屋敷内を裸で歩き回るなど、趣がない。
 考えていると、しばらく様子を窺っていた妖がおずおずと近づいてくる。そうして、屋敷に上がってきたところで、式に用意させた手水で土がついた手足を清めてやる。
 どうやら警戒を緩めたらしい妖は、直江のされるままだ。
「何か着ませんか? 流石に毛皮のないあなたが、そのような格好で屋敷内を彷徨くのはいかがなものかと思うのですが……」
 問いかけた直江を、妖がジッと見詰めてくる。そうして、自分の格好を振り返ったのだろう、部屋の隅に丸まっている小袖着物を手に取り、一生懸命羽織ろうとし出す。けれど、上手くいかないようで、それは妖の腰に巻き付いてしまう。それを悲しそうに見詰める瞳に、見かねた直江は部屋の隅にいた妖に近寄り小袖着物を着付けてやる。着物を着ることに違和感を感じるようで、布を一生懸命引っ張ったり弄っている様子を見つつ、直江は何か薄物を用意しようと考える。今、妖に与えている物は、下着みたいな物で、着て往来を過ごすものではない。何か過ごしやすく見苦しくない物を、と決める。
 そうするうちに、式が用意する朝食の匂いが漂ってくる。それに、敏感に反応したのは妖が先だった。ピクンと肩を揺らし、視線を匂いの方向へ向ける。
 そうして、すぐに朝食が運ばれてきた。
 内容は異なるが、それぞれの前に置かれ膳に、お互い食事を始める。
 直江は箸を持ち、綺麗な箸使いで料理を口に運ぶ。妖の膳にも箸は置かれていたが、妖はそれを使わず器に頭を突っ込んでいた。けれど、直江の様子を見た妖は、何を思ったのか箸を手に取り、それを眺め出す。そうして、直江の真似をしているのか、それを握り肉に突き刺した。それを口に運び、満足げに食べる様子を見ていた直江は、思わず吹き出してしまう。
「ははは……すみません」
 突然笑い出した直江に妖は訝しげな視線を向ける。それに謝りつつ、直江の笑いは止まらない。数年ぶりに笑った直江は、また食事を始めた妖を見つつ、食事が終わるまで笑っていた。


 急速に直江と妖の距離は近づいていった。妖は何でも直江の真似をしたがったし、直江はそれを笑いながら見ていた。そうして、妖を拾ってから3日たったころ、やって来た式の名前を呼んで初めて、直江は妖の名を知らないことに気が付いた。

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