紫紺の夜明け
「お呼びでしょうか」
八海と供に戻ってきた直江は、そのままもう一度部屋を出ていく。
「ああ……最近城下でよくない噂が出回っているようだな?」
情報部門を統括する八海が知らない筈がない。だからこそ、高耶は断定で問いかける。
「行方不明事件ですか」
高耶の言いたいことを即座に察し、八海も応える。
「情報局はどこまで掴んでいる?」
「現在自警団による捜査が行われているようです。我々情報局では、上下両面から秘密裏に動いております。ですが、判っているのは行方不明になった人物のことで、原因も犯人もいまだ不明です」
その言葉に、高耶は重く頷く。
「現在情報局ではどれだけの人材を投入している?」
「実際の行方不明者はまだそこまで多くありません。そのため、この段階ではそんなに多くの人数を投入できておらず、多くて三人」
「三人、か」
それでも多い方ではないだろうか。軒猿は基本的に単独で行動する。特に隠密捜査を請け負った場合、そのほとんどが誰にも知られず行われている。組織ではあるが、末端では秘密組織の特性上、孤独な任務がほとんどを占めている。組織的な行動は滅多にない。その全てを把握するのは統率者のみ。
「五人、人員の調整は出来るか?」
「可能です」
高耶の問いに、八海が端的に応える。
「三人は城下に、残り二人は家臣で怪しい者がいないか、探らせる。それと、各地の百衣女に不審な事件は起きていないか確認を」
「百衣女にですか?」
「城下だけの事件ならばいい。だが、発端が城下でなかった場合、被害は更に大きいはずだ」
「畏まりました」
「表だった捜査は、しばらく控える。軒猿の捜査が優先だ」
「ご配慮ありがとうございます」
高耶と八海の話が終わった頃、茶器を片手に直江が戻ってきた。
「話はお済みですか?」
三人分の茶の用意をしながら、直江が問いかける。
「直江殿。私のことはお気になさらず……」
控えめに辞退する八海に、サッと茶を差し出す。
「表情に焦りが見られます。お茶を飲んで、心を落ち着けて行動して下さい」
「ありがとうございます」
直江の指摘に、目を見開いた八海は、素直に茶を受け取る。
この時期の不審な事件に、知らず知らずのうちに焦りを抱えていたのだろう。この手の事件は焦ってもよい結果は得られない。八海はそれを直江に指摘された気分だった。
「景虎様も、お茶一杯分だけ休憩して下さい」
いまだ青年期に一歩足を踏み入れただけの高耶は、しかし、領主という立場上寝食を忘れて仕事に没頭することもしばしばだ。成長期の体に毒でしかないその状況に、一番直江が心を痛めていた。
「ありがとう」
直江から茶を受け取った高耶は、両手でカップを大事に包み込む。冬の名残が色濃く残る季節に、温かい茶は心と体を温める。
「ふぅ……」
しばし、三人で茶を堪能した後、八海が部屋を出ていく。そうして二人きりになった高耶と直江も、空になった茶器を脇にどけ、仕事に取りかかる。
「八海には軒猿と百衣女を動かすよう指示した。報告が上がり次第、早急に対策を立てる」
「わかりました」
直江は高耶の言葉に、頷きつつ仕事を続ける。
「どうやら、長秀も今回の件を調べているようです」
「長秀が?」
「えぇ…あれでも町の人間には頼りにされているようで、自警団と供に捜査していると、色部さんが言っていました」
「ああ……それで」
高耶も色部からこの報告がもたらされたことが、多少なりとも不思議だったのだ。
「そう言うことなら……」
高耶は頭の中で素早く計算する。
「明日、町へ降りる」
「わかりました」
高耶の言葉に、直江も仕方ないと苦笑する。この報告をすれば、高耶がどういう行動を取るかなど、分かり切っていた。
「それなら、今ある仕事は全て片付けて下さいね」
「……わかった」
目の前に並ぶ書類の山に、高耶は不承不承応える。
そうして、二人仕事に取りかかり、その日も過ぎていった。
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