紫紺の夜明け
細波
千秋の自宅前に、高耶は立っていた。今回高耶は単独行動だ。毎回毎回大柄な人間を横に従えていたら、それこそ目立つ、と直江を説得し、軒猿一人を護衛として付けることを条件に、一人で行動していた。
千秋がここへ必ずしも帰ってくるとは限らないことは知っている。女のところだったり、仲間のところだったり。けれど、高耶が尋ねて都合の悪くない場所は、ここぐらいた。今日会えなかったら、正攻法で呼び出せばいい程度の軽い気持ちで出てきていた。
「〜〜〜」
鼻歌を歌う声が聞こえてくる。それが知った声だったため、高耶は自分の運の良さに驚く。
「?」
向こうも高耶に気が付いたようだった。
「何でこんなとこにいるんだよ?」
名を呼ぶことの危険性を知っている千秋は、それだけを問う。
「報告を受けた」
その一言に納得したのか、千秋は自分のアパートの階段を昇り始める。
高耶もその後を追う。
古びたアパートの階段は錆び付き、カンカンと高い音を鳴らしながら、二人の体重を受け止める。
「入れよ」
進められた中は、簡易キッチンと浴室のあるワンルームだ。
生活感のない部屋は、ベットとテーブルが置かれている。
そうして足を踏み入れた部屋に置かれたテーブルに、土産を置く。
「土産。ただし、一気に飲むんじゃねーぞ」
美味いと評判の一等いい酒だった。けれど、酒が大好きな千秋に掛かれば、一升瓶など一日で空になってしまう。そんな飲み方をされたら、堪ったものじゃない。それだけいい酒なのだ。
「へ〜〜お前にしちゃ気の利いた選択じゃねーか」
包みから取り出した瓶のラベルを見た千秋は、うれしさに顔が綻んでいる。
「こんないい酒、味わって飲まなきゃ酒の神様に罰当てられちまう」
もう、酒瓶の前にデレデレだ。
「で? こんないい酒手土産にどうした?」
ただで高耶がこんなことをするはずがないと知っている千秋は、早速問いかける。
「行方不明事件、調べているそうだな?」
「あ――そのことね。可愛い女の子に頼まれちまったからな」
「館も動いている。館と町の人間を繋ぐパイプが欲しい」
その高耶の言葉に、千秋は全てを納得する。
「俺がパイプになれって?」
「お前以上の適任なんていないだろ?」
「俺はお前の思惑じゃ動かないぜ?」
「それで構わない。お前が町の人間のために動くなら、それで充分だ」
「――オーケー! 引き受けてやろう。但し、そちらの手持ちのカードは全て見せて貰うぜ?」
「わかっている」
千秋の言葉に高耶は頷く。
「けれど、こちらも本格的な捜査を始めたばかりで、たいしたことなど解っていない。カードはそちらの方が多いはずだ」
高耶の言葉に、千秋は「役にたたねぇ……」と悪態を吐く。
「こちらも捜査人員を増やしたから、それなりの報告はすぐに上がってくるはずだ。けれど、被害者五人、だったか。これ以上被害を拡大したくない。だから、お前の知っている情報を教えてくれないか?」
現在高耶にとって一番大切なものは領民の幸せだ。たった五人といっても、大切なもの。不要な遠回りだけは許されない。
「まぁ被害者五人じゃ普通お前のとこまで報告が上がるはずもないもんな――色部のとっちゃんからだろ?」
「そうだ」
高耶も千秋の言葉を重く受け止める。五人の犠牲者では高耶のもとに報告が上がることはない。今回こんなに早く高耶が事件を知ったのも、千秋の機転のお陰だ。
「行方不明ったって単なる殺人や家出の可能性もなくないもんな」
けれど、そうでない影を感じたからこそ、千秋も色部に忠告したのだ。
「不審な点がいくつか」
千秋の言葉に高耶は表情を引き締める。
「被害者は全て美しい若い娘で、行方不明になる日、龍神様に会いに行って来ると家を出ているそうだ」
「龍神?」
「ああ……何かの隠語なのか、本当に龍神様なのかは不明だ。そして、全ての娘が貧乏な家の者だということだ」
「金か?」
「そうとも考えられるし、その隙を突かれたのかもしれない。そして、消える前の日、金に困っていた家族に『お姉ちゃんが何とかしてあげる』と言っていたそうだ」
「怪しいな」
高耶は眉を顰める。
「その娘達が行方不明になる前に、接触していた人物はいないのか?」
高耶の質問に千秋が首を竦める。
「そこは巧妙なところで、影も形もない。いまだ誰か判らず、だ」
「行き詰まりか」
高耶の言葉に、千秋も頷く。
「だから、色部のとっちゃんに頼んだんだ。数人の若い娘が消えるなんて、殺されているんじゃない限り、それだけの人数を匿える力が必要だ。金持ちやら家臣やらには、俺たちだけじゃ手出し出来ないからな」
「わかった」
千秋の話だけでは判らないことも多かったが、判ったこともある。どこから手を付けてよいか判らない事件の、取っ掛かりになるだろう。
「こちらも、探りを入れてみよう」
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