四国を出て数日、高耶は朝なんとなしに目が覚め、森の中を散歩に出た。
「あ……」
ある植物をみつけふと足を止める。
人が近づいてくる気配。
たぶんあいつだ。
ガサ…ガサ……
「高耶さん!」
当たった。
森の茂みの中から直江が現れる。
「ここにいたんですか…」
高耶の無事な姿に直江はホッと息をつく。朝、目が覚めて気付いたら高耶がおらず、慌てて探しに出た直江である。
「心配しますから、勝手にいなくならないで下さい」
聞き入れてもらえるとは思っていないが、いわずにはいられない。そんな表情だ。
「ああ----」
上の空な返事。
「----?」
直江は高耶の心ここにあらずな返事に不審をおぼえる。
「どうしました?」
「いや----」
まだ、何か物思いに耽っている。
直江は、高耶がぼーっと何かを見詰めているのに気付く。
高耶の視線の先を見ると、そこには今朝咲いたばかりであろう朝顔があった。
「朝顔…ですか?」
高耶に近づき声をかける。
「ああ……」
何かを思いきるように高耶が直江を振り返る。
「久しぶりに見た」
微笑む。痛いような微笑みだ。
「四国では咲かないからな……」
うつむいて表情は見えない。だが、どのような表情をしているのかはわかる。
かなしい表情。何を思っているのか……
直江はかける言葉を探すが、見つからない。
「四国には空がない。星も瞬かないし、青空を観ることもできない。そんなところじゃ植物も育たないよな……」
大転換の後、四国からは青空も星も消えた。一日一日経つごとに、緑豊かなところだった四国から植物も消えていった。太陽のあたらない土地に生い茂る緑は----育たない。少量の太陽光線で生息できる植物しか、今、四国にはない。
まして朝顔は朝日を浴びて花開く花だ。四国では観ることはまずできない。
「星や緑、花……俺は四国のものたちからどれだけのものを奪ったのか----」
高耶は祈るように目を閉じる。
どう償えば----
発せられなかったそんな言葉が聞こえてくる。
直江は、立ちつくすことしかできない。
昔、景虎が朝顔を好きだといったことを思い出す。
いつのことだったか。
二人で歩いていると道ばたに朝顔が咲いていた。
ふと立ち止まる景虎の様子に、足が止まった。
「どうされました?」
「何でも……」
いいながら、景虎は膝をつき朝顔を愛おしげに見詰める。
「朝顔、ですか?」
「ああ」
景虎の様子から、好きなのか----?と思う。
「好き、なのですか?」
「ああ」
景虎はもっと雅な花を好むのイメージがあり、意外で驚いたのを憶えている。
「なんだ?」
直江の反応に、景虎は少し不機嫌な表情になる。
「いえ、意外、で……」
「意外……か?」
景虎が苦笑する。
「ええ」
「朝顔を観ると力がわいてくるんだ」
「力、ですか」
「ああ…朝顔は朝日を浴びて咲く花だが、花を咲かせる準備をするのは夜、だろう?夜の闇の中で温められ、朝日を浴びながら花咲かす」
立ち上がり、空を見上げる。
「闇を生きる私たちには、……闇は冷たく感じるけれども……」
言葉が途切れる。景虎は直江を振り向き、穏やかな表情で続けた。
「本当は温かいのかもしれない----。そして、私たちは闇の中で温められているだけなのではないかと。朝顔を観ているとそう思えないか?」
あのとき、俺は何と応えたか?
朝顔も朝日が昇らないと咲くことはない。それは、今生を生きる人々の話。換生者の俺たちが朝日に照らされることなど、許されない。そう、応えた。
今、自分の言葉がイタイ----
あなたが責められる必要はないはずなのに----
「高耶さん……」
きつく高耶を抱きしめる。
きつくきつく抱きしめる。
それしかできない、というように。
「直…江----」
「俺は----っ」
「あなたが悪いのではない!!」
悲鳴のような叫び。続く言葉を封じるため、口付ける。
濃厚な口付け。
全ての思いを注ぎ込むように。
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