Backgroun by cool moon

 あれから一日の仕事を終え夜寝る前、二人でよく話をするようになった。
 高耶も全快し日々の仕事を以前のようにこなすようになり、傍目には表面上何事もなく過ぎていっているように見えた。
 しかし、高耶の表情はいまだ暗い影を引きずっていた。
「直江…」
 二人で話していて、ふと会話の途切れた静寂の中、高耶がなにかを決意したかのように直江の名を呼ぶ。
「どうしました?」
 直江も高耶を真摯な目で見る。
「オレはお前に話さなきゃならないことがある」
 一つ呼吸をすると、高耶は絞り出すように声を紡ぐ。
「景勝のことだ」
「高耶さんそれは…」
「違う…違うんだ。直江の知っているのは事実だけど真実ではないんだ」
「真実ではない…?」
「父上が景勝を殺さなければならなくなったのはオレのせいなんだ」
「え……」
「オレがもっとちゃんとしていれば、こんなことにはならなかっ…た…っ」
 高耶は嗚咽を漏らす。
 こんなに自分は弱くなかったはずなのに…。直江の前では、崖下へ落ちたあの日以来オレは弱くなったみたいだ。景勝も、オレが弱かったせいで…っ。
「オレが…もっとしっかりと上杉内部をまとめる力を持っていれば、景勝がいても何も支障もなかったはずなのに。オレの力が足りなかったから…オレが父上に、オレは退いてもよいなどと言ったから…オレの覚悟が甘かったから……」
「高耶さん…」
 直江は高耶の肩を優しく包み込む。
「それはしかたのないことです。あなたはまだ若い。本来なら謙信公の後ろ盾があってよいはずの年齢だ。あなたはよくやっている」
 直江の優しい慰めがさらに高耶の心情を追いつめる。
「父上が景勝暗殺に動くことをオレは知っていた。なのに何も言わなかった。言えなかった。八海を止めることもしなかった。それでもお前はそんなことを言えるのかっ?」
 直江の腕が僅かに強ばる。それを敏感に感じ取った高耶の心は絶望に染まる。
「なぜ…止めなかったんですか……?」
 直江が喘ぐように呟く。
「オレの足場は不安定だった。景勝の叛乱は上杉の致命傷になりかねない。景勝にその意志がなくとも、家臣の誰かが景勝を擁立することは目に見えていた。オレたちが争って上杉を今、弱体化させることは、最優先で防がなければならなかった。身内殺しの罪はオレが背負えばいい。オレが地獄まで背負っていけばいい」
 オレが死んでも悲しむ人なんかいなかったのに…
 高耶の呟きに、直江は高耶の心が見えたような気がした。
 この人は、どんなに表面上強がってみせても、心の中はいつも寒さに震えている。どんなに悪ぶってみせても、心の中は誰より傷つきやすい。
「あなたが死んでも悲しむ人はいます」
「なおえ?」
 直江の声に高耶は疑問を投げる。
「晴家は悲しみます。私だってあなたが死んでいたらきっと悲しんでいました」
 景勝と共に景虎もまた直江にとって大切な守るべき命だったのだから。
「そんなに自分ばかり傷付けないでください」
 全てを聞いた今、景虎を高耶を責める気持ちは直江の心の中からなくなっていた。
「あなたのことを愛しています」
 万感の思いを込めて思いを高耶に伝える。
 直江の性格を熟知しているとは言えない高耶であっても、こういう場面で上辺を取り繕うことをしない人間だと知っている。高耶は直江の言葉に、本当に直江に許されている自分を知る。そうして、直江に許されることにより、世界から自分の存在を許された、そんな気持ちにまでなる。直江に許され、直江に対する恐怖も何もかも消えている自分がいる。
「信じられる…かも……」
「え…?」
 今度は直江が高耶に疑問を投げる。
「お前のこと、きっとオレ信じられる、そんな気がしてきた」
「高耶さん……」
「だってお前ずっとオレのこと『高耶』って呼んでくれる。それってお前が『オレ』を見ていてくれている証拠だろ?」
 オレを見てくれる人は父上だけだった。皆オレの上辺を見てオレを知った気になっている連中ばかり。でも、直江は違う。なぜかと訊かれても答えられないが、違う、と思う。直江だけは何があっても「オレ」を見てくれる、そう信じられる。
「お前だけだ…」
 高耶は真摯な瞳で直江を見詰める。
 その言葉に直江は心の奥底がざわめくのを感じる。
 直江は無意識に高耶の頬を掌で包み込んでいた。身長差もあって少し上向いた高耶の唇は、まるで誘っているように薄く開かれている。
 直江は考える前にその唇に己の唇を合わせていた。
「え……」
 高耶が何が起きたのかわからない、という表情で直江を見詰める。
「ぇえ!?」
 しばらくして自覚したのか、だんだんと頬の赤みが増してくる。終いには顔が真っ赤に染まっていた。
「直江…っ!?」
 高耶は直江の行動の意図が理解できずに目を白黒させる。
 直江も実際に衝動で行動してしまってから、自分の気持ちを再認識していた。そうすると不思議と腹も据わっていて、なるようになるさ、という気持ちになる。
「こういう意味も含めて、私はあなたを愛しているんです。嫌なら突き放してくださって構いません…」
 無理矢理、理性でもって高耶から離れる。自分の言葉が高耶を傷付けてしまう可能性もあったが、言わずにはいられなかった。それほどまでに高耶に抱く気持ちは強くなっていた。
「俺はあなたを愛しているし、あなたを人目にさらしたくない、と思うほど独占欲も強い。けれど、あなたには誰よりも幸せになって欲しいとも思っています。だから、主君に恋情を抱くような人間信じられないと思うなら、突き放してください」
 キッパリ言うと、判決を待つ犯罪者の気分になりながら、直江は高耶の反応を待つ。しかし、高耶は何度も口を開きかけ、また閉じる、という動作を繰り返したかと思えば、思案するように俯いたり、となかなか口を開かない。
 直江の告白は唐突すぎた。今やっと一歩を踏み出そうとした矢先の直江の告白。それにどのように応えてよいのか、高耶にはいまいちわからない。
 その様子に直江は一つ溜息を吐くと、「わかりました」と言い、高耶に背を向けようとした。そのとき高耶は咄嗟に「行くなっ!」と叫び、直江の服を掴み行かせまい、と主張する。
「わからないよ…直江。そんな急に言われたって……直江のことはすっ…好きだけど……そんな気持ちかなんて…突然言われても……」
 高耶はなんと言えばよいのかわからずに、口ごもる。
「でも…お前にずっと側にいて欲しい」
 ただ一つ、自分の中にある気持ちでわかっていることを言葉にして告げる。
  「それじゃいけないのか?」
 迷子になってしまった子供のように高耶は直江を見詰めてくる。
「高耶さん……」
 直江は高耶を見詰める。その瞳には優しい色が写っている。
「いえ…今はそれで充分です」
 高耶にとってそれだけでも十分に大きなことであるのがわかる直江は、優しく言う。
「ただ私があなたを愛しているのだと忘れないでください。決して…」
「わかった」
 高耶はしっかりと頷く。その真剣な表情に直江は笑みを零す。
「言ったでしょう?私たちの仲はこれからなんです。高耶さんを惚れさせる自身はありますよ?」
 直江は冗談めかして言う。
「なおへ…っ!?」
 焦る高耶の様子にますます直江は笑みを深める。
 高耶の心の中には、失ってしまっていたはずの「なにか」が、新たに芽生えて出した。いや、失ってはいなかったのかも知れない。心の奥底に凍てついて沈んでいた種がやっと芽吹きだしたのかも知れない。それがこれから直江という光と養分と水、一緒くたになったような大きな存在によって芽吹き、守られ、成長していく。高耶はようやく直江との新しい関係の出発点と共に、本当の意味での人生を歩み始める。

...おわり...



 ここまで読んでくれてありがとうございます。長かった…っ苦節何ヶ月?なにか武田の動きとか北条の動きとか無視しちゃってますけど(←自覚あり)とりあえず、終了かな??
 うぎゃ!?高耶さんの”力”についての描写不足は自覚しています。もうその辺は同人誌にするときに加筆修正するしかないか…と諦めの心境(微苦笑)
 と、こんな戯れ言はどうでもよいのです。最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございましたm(__)m


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