「よかったっ……」
直江は安堵の溜息を吐いた。あまりに安心して体から力が抜けたほどだ。
「直江…重い……」
高耶が苦しげに呟く。
「あ…あ……すみません」
直江はバツが悪そうに起きあがり、前髪の張り付いた高耶の額に手をやる。
緩やかに髪を梳いてやる。それに高耶は気持ちよさそうに目を瞑る。
「美奈子にあった…」
高耶がポツリと呟く。直江に聞かせるわけでもなく、淡淡と続ける。
「昔、母さんに無視されて小太郎に内緒でよく街に降りていたんだ。その頃は母さんがなんでオレを無視するのかもわかんなかった」
直江は高耶が母親のことを「母さん」と呼ぶのを不思議な面もちで聞いていた。直江の前で高耶はいまだかつて「母さん」と呼んだことはなかった。
高耶はさらに言葉を続ける。
直江もそれを遮ることはしない。
「そんなガキが街に降りて無事だったのが今では不思議だけどな。そこで、偶々美奈子に会った。美奈子は両親に大切にされて、本当に幸せそうに暮らしていた。よくオレと一緒に遊んだんだ。だけどある日…美奈子と遊んでたら、変な奴らに絡まれて……今考えると、あいつらきっと上杉に何か恨みがあったんだろう。ナイフを振り上げて美奈子を傷付けやがった。そして、オレにもその切っ先を向けたんだ。だからオレは……」
高耶は何かに遮られるように続きが言えない。それでも絞り出す。直江には言わなければ……
それだけが今のキモチ
「周り皆を巻き込んで”力”を暴走させたんだ」
言った。言ってしまった…。それだけがあとに残る。
「美奈子も当然巻き込まれて、ナイフの傷よりオレの”力”の暴走によって負った傷の方が深かったって言うんだから笑えないよな。爆発音に駆けつけた大人が美奈子を手当てしたらしいけど、間に合わなくて数日後死んだってあとから聞いた」
昔を思い出しているのだろうか、悲しい涙を眦から零す。
「見舞いに行ったんだ……でも、美奈子の両親が会わせてくれなかった。当たり前だよな。自分の子供殺されそうになったんだから…結局殺したんだし。オレが行くと『化け物』って言ったんだ。北里のおばさん、優しかったのに。なのにオレを見たあのときの目、憎しみで一杯だった。恐怖で一杯だった。その瞳をみたとき、母さんの態度の意味も解ったんだ。あぁみんなオレが化け物だからなのか……って。納得した。だって、そうだろ?こんな人殺しの”力”を持ったオレなんか、誰も受け入れてくれやしない。オレなんかいない方がいんだ…」
とめどなく涙が溢れてくる。
「直江がオレの”力”で吹き飛ばされたとき、全て思い出した。美奈子のことも、オレは今まで忘れてた」
都合の悪いことを全て忘れ去っていたオレ。
そして同じ過ちを繰り返しそうになるなんて、救いようのない馬鹿野郎だ。
「呆れたろ?都合の悪いこと全て忘れて、2度も同じミスを繰り返すなんて」
大切な存在を、”力”の暴走でまた失うところだった。直江まで殺していたかも知れない。オレに奪われていいはずの命などではないはずなのに…。
母さんと初めから冷え切った仲だったて?母さんはオレのこと抱いてくれた。優しく愛してくれていたじゃないか。オレが”力”なんか持っていたから。オレの”力”のことに気が付いて、それからオレに対する態度を変えたんじゃないか…
オレが化け物だから――
化ケ物ハダレニモ愛サレナイ
「オレみたいな化け物…」
「もう止めなさい…っ!!」
直江が強い口調で高耶の言葉を遮る。
「あなたは化け物なんかじゃないっ!誰がそんなこと言ったんですか!?」
直江はベットに乗り上げ、高耶の両腕を掴む。
「あなたはあなたです!俺にとって大切な人だっ!あなたを否定するものがいるなら、俺がそいつを滅ぼしてあげます…っ!最後の独りになっても、俺はあなたの存在を肯定するものであり続ける!」
荒い呼吸を繰り返しながら、自分から高耶を奪おうとする高耶を睨み付ける。
「なおえ……」
高耶は生まれてから初めてここまで泣いた、というくらいボロボロ涙を零しながら、喘ぎ声のように直江の名を呼ぶ。
「俺の命以外なら全てをあなたに与えてあげる!だから俺を信じて……っ」
直江はベットの上の高耶を抱きしめる。その腕の中、二度と離さないという思いを込めて抱きしめる。
信じたい
信じたい
信じられない
信じ方がワカラナイ――
「わかんないんだ……なおえ…」
「え……」
「信じるってなんだ?どうやったら信じられるんだ?…オレにはわかんないよ……」
高耶は直江の存在を素通りしてどこか遠くを見ながら呟く。
「高耶さん!俺の目を見て」
直江は高耶の瞳を覗き込み、ハッキリとした声で告げる。
「俺の目を見なさい」
「……?」
高耶は疑問を表情に浮かべながら、直江に視線を合わせる。
「信頼は一方通行では成り立ちません。あなたは俺と一緒にいるとどんな気持ちになりますか?安心できる?緊張する?嫌悪が浮かぶ?油断できない?」
直江はじっと高耶の瞳を見詰め、応えを待つ。
「……安心する…でも、緊張もする……」
高耶がゆっくりと口を開く。
「俺と一緒にいるのは嫌?」
その言葉に高耶は首を振る。
「俺と一緒にいて嫌悪が浮かぶ?油断できない?」
これにも高耶は首を振る。
直江の表情に喜色が浮かぶ。
「…よかった……ではこうしましょう?俺とあなた、これからはいろんなことを話しましょう?好きな場所、好きな食べ物、思い出、夢、とにかくなんでもいいから、話せること、話したいこと、色々なことを話しましょう。そしたらきっと、いつの間にかお互い信じ合えるようになってます。だから、これからいっぱい話しましょう?」
ね、と直江が同意を促す。
高耶もそれに、コクリと頷くことで応える。
「ふふ…ではまずは私の自己紹介から」
直江は早速いたずらっぽく微笑みながら、高耶に自分のプロフィールを述べていく。
高耶も自分のことを少しづつ直江に話し始める。
二人そうして直江を家臣の一人が呼びに来るまでずっと話していた。
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