朔の里
 翌朝、ようやく問題も解決し、感謝し引き止める狭間を振り切り屋敷に帰り着いた直江に待っていたのは、思ってもいない報告だった。
「ごめんなさい、義明さん。昨日の夕方まではいらっしゃったのは確かなの。あなたの遣いから、そろそろ帰ってこれそうだという知らせを聞いて喜んでらっしゃったのよ。それなのに、なぜ突然……」
 それは、高耶が昨夜からいなくなったという話だった。
 訪れのない直江に、寂しそうにしていた高耶を不憫に思った母が、高耶のために珍しいものを取り寄せたり、兄たちが時間を見つけて蹴鞠に興じたり、何とか上手くやっていたらしい。それなのに、突然いなくなった高耶に家人総出で朝から探しており、そこに直江が戻ってきたというわけだ。
「大丈夫です。母上。高耶さんには式を一匹着けております。よほどのことがない限り、追えるはずです」
「まぁ……そうなの? じゃあ高耶くんは大丈夫なの?」
「ええ、ちょっと待ってください」
 集中力を高める直江を、他のものはじっと待つ。
「――なぜ?」
 直江は眉間に皺を寄せ疑問に首を傾げる。
「分かったの?」
「ええ――…どうやら、私の屋敷に向かっているようです」
「ぇ?」
 誰もいないのになぜ、とみな疑問を浮かべる。
「とにかく、私も後を追います。既に都を出てしまっているようですので、あわただしいですがこのまま失礼させていただきます」
「そうね。高耶くんをちゃんと捕まえるのよ?」
 母の言葉に直江は頷く。
「落ち着いたら二人で都にいらっしゃいな」
「そうさせていただきます」
 別れの挨拶もそこそこに立ち上がると、直江は走り出していた。


 高耶の足は速い。目印の気配を追いつつ、馬を急がせる。
 直江がこれほどに焦るのには理由がある。都の中は大概帝に把握されている。現在の帝は性質が悪く、退屈しのぎに高耶を連れ去ることも考えられる。
 あれほど稀有で面白い気配をしているものはそういない。高耶が抜け出したのは夜だという。夜の都は妖の天国。その気配に紛れ帝に気付かれていないことを祈るだけだ。そして、万一帝の注意を引いたのならば、早く高耶を捕まえ護らなければ、一端帝の手中に落ちたら取り返すことは不可能だ。
 早く早くと馬を急がせ山道を駆け抜ける。その道は行きとは異なるものだったが、高耶はきっと野生の本能で駆け抜けているのだろう。三日三晩必要最低限の休息のみで高耶を追いかけた直江が、ようやく高耶を捕まえたのは直江の屋敷の前だった。
「高耶さん」
 直江の呼びかけに、門前に蹲る高耶の肩が震えた。
 お互いにボロボロの格好で酷い有様だった。
「何かあったんですか」
 直江が高耶に近づきその肩に触れようとした瞬間、高耶は過剰に反応し、直江から逃げを打つ。
 その反応に直江は不信を募らせる。
 出会った当初の警戒していた当時の高耶は、確かに直江が近づくと逃げていた。ただ、それから幾日もたち、信頼関係を築けていたと思っていたのは直江だけではないはずだ。それなのに、数日留守にし会わなかった間の変化。高耶に何があったというのか。
「高耶さん。言ってくださらないと分かりません」
 直江も高耶の正面に座り込み、その視線を合わせようとする。けれども、高耶は俯いておりその表情さえ分からない。
「約束したじゃないですか。出迎えてくれると」
 言い募っても、高耶から反応はない。
「それとも、約束を破るのですか」
 今まで何も反応しなかった高耶が、突然顔を上げ直江をなじり始める。
「嘘つきは直江じゃないかッ!」
「ぇ……?」
 直江には高耶に嘘つき呼ばわりされる覚えがない。
「どういうことですか?」
「一緒だって――…ずっと一緒にいてくれるって言ったのに――」
「ええ。一緒にいますよ」
「嘘の癖にッ」
「嘘じゃないです。なぜ嘘だと思うんですか?」
「……」
 小さな声で何かを言ったようだったが、直江には聞こえなかった。
「高耶さん」
 もう一度促す。
「結婚するってッ!」
「……ぇ?」
 怒鳴った高耶の言葉に、直江は驚いた。
「結婚って……? どなたがですか?」
「お前じゃないかッ!?」
 高耶はその瞳に、燃え上がるような感情を乗せて直江を睨み付ける。
「だから、オレは邪魔なんだろ? だから、ずっと戻って来なかったんだろう?」
 高耶の言葉に、直江は呆然として言葉も出てこない。


 一体どこからそんな話が……?


「誰からそんな話を聞いたんですか?」
 既に取り乱している高耶から、根気よく話を聞く。
「……女房が――…お義母様と話してた」
「……母がですか?」
 ますます直江は高耶の話が分からない。直江は母から一切そんな話は聞いていないし、自分が通っている姫など身に覚えもない。
「どんな話を聞いたんですか?」
 直江にはそう尋ねることしかできなかった。


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