Backgroun by cool moon

「気に入られたみたいだな」
 先ほどの年老いた家臣の様子に高耶はからかうように直江を見る。
「ええ…どうも私のことを息子か何かのように見ているみたいで……」
 困ったように苦笑しながら直江は話す。
「お前が息子だったらオレは孫か?」
 高耶はわざと明るく声を出す。その不自然に気が付かない直江ではない。
「何かありましたか?」
「……」
 直江の質問に高耶の表情が僅かに強ばる。
「氏政殿と何か?」
「政略結婚を持ちかけてきた」
「え……」
「オレに妹をやるから美弥を寄越せと言いやがった」
 その言葉に直江の表情も強ばる。
「もちろん断ってやったけどな?」
 高耶の挑発的な視線に直江も表情を緩める。
「でしたら安心です」
 直江はニッコリ笑う。
「さ、明日も早いですし湯を浴びて休んでください」
「わかった」
 高耶は汗を流し、寝床に就く。そうして直江は高耶が寝入るまで、その枕元で過ごし、それから直江も自分にあてがわれた寝床で眠りに就いた。

*  *  *

「景虎も元気そうで何よりだ」
 翌日、昨晩泊まった屋敷を後にして、現在は北条の領地の奥まった地に隠居している氏康を高耶は尋ねていた。
「ええ。氏康殿も隠居はまだ早かったんではないですか?」
 高耶は微笑を零しながら言う。
 普段誰彼にも不遜と取られる態度を取る高耶だが、尊敬する人物にはしっかりと相応の対応をする。氏康は数少ない高耶が尊敬する人物の一人である。
 高耶の言葉に氏康は感情を読みとらせない笑いを見せる。
「謙信殿の死は残念だったが、景虎殿がいれば上杉も安泰ですな」
「いえ。まだまだ私は若輩者で…何かと優秀な家臣に助けられています」
 始終和やかに会談は進んでいく。
「それはそうと、母上の件、よろしくお願いしますね」
「あぁ。アレに関しては私に任せてもらって構わない」
「もう一つ」
 表情を引き締める高耶に氏康の顔つきも少し変わる。
「小太郎ですが、母上に付いて行かせようと思っています。それで、一応小太郎は氏康殿の使い。ご了承いただきたいのですが…」
「何か不都合が?」
 氏康の声が真剣みを増す。
「そうではありません。ですが、いくら実家だと言っても私も母上が心配です。小さい頃から一緒に過ごした小太郎が付いていてくれれば何かと安心できるので…」
「小太郎では景虎殿のお力にはなれませんかな?」
「いえ。小太郎の力は私もよく知っています。だからこそ、母上の側に付いていて欲しいのですよ」
 高耶の微笑に氏康は嘲笑うように応える。
「景虎殿がそこまで母思いの方だとは…意外ですな」
「そうですか?私も人の子ですからね」
「わかりました。よいでしょう。そう言うことなら小太郎はアレに付いて行かせましょう」
 氏康の一言で狐と狸の化かし合いのような会談は終了を告げた。
「ありがとうございます。これで私も母上を安心して送り出せます」


「どうなりましたか?」
 別室で控えていた直江は、戻ってきた高耶に歩み寄る。直江も今日の会談の本来の目的は承知していた。
「よいと言うことだ」
「それはよかったです」
 直江も安堵の表情を浮かべる。この時期の北条訪問は多くの家臣が危険だからと反対していた。それを圧してやって来たのだ。何としても成果を上げたかった。
「では、後は館に戻るだけですね」
「ああ」
 高耶も今まで緊張していたのだろう。多少先ほどより柔らかい表情で頷いた。


 結局氏康の屋敷でも高耶達は引き留められる。昨晩より規模は小さいが結局酒宴に参加する羽目になり、二人は一晩氏康の屋敷に泊まることとなった。
「明日は上杉に帰らないとな」
「ええ」
 苦笑を零す高耶に直江も苦笑で返す。何しろ館を既に五日も離れている。色部や晴家などに任せてきていると言っても、溜まっている仕事はかなりの量になっているだろう。
「さぁもう寝ないと明日体力が持ちませんよ」
「わかってる」
 クスクス笑いながら子供扱いする直江に、高耶は幼い表情でむくれながら床に就く。
 直江は高耶の枕元で、その少し伸びすぎている前髪を梳いてやる。これが最近の二人の習慣だ。高耶が寝入るまで直江は高耶の側に侍り、その髪を梳いてやる。高耶もそうすると安心するのか、すぐに穏やかな寝息が聞こえ始める。
 直江は高耶が眠ったのを確認し、その額にキスを一つ落とすと自分の寝床に就く。そして自分も目を閉じ眠りの世界へ入ってく。
 次第に夜は更けていく―――。


「では、氏康殿。氏政殿にもよろしくお伝え下さい」
 氏政を訪ねることなく館へ戻ることを氏康に告げ、頭を下げる。
「わかりました。何か困ったことがあったらいつでも頼ってください」
「ええ」
 高耶は頷くと、馬に跨り手綱を引く。その後に少数の家臣も続く。そこにいつの間に現れたのか小太郎の姿もあった。
「小太郎。景虎殿をお守りするのだぞ」
 その言葉に頭を垂れる姿に、その場にいた者全てが、小太郎が氏康の配下の者であることを改めて実感する。
「行くぞ!」
 高耶のかけ声に一行は馬を走らせる。

*  *  *

「何者だっ!!」
 一行は途中休憩を挟みながらも馬を走らせ、北条と上杉の国境に差し掛かろうとしたところで、不審な集団に囲まれていた。
「……」
 黒いマスクを被った者たちは無言で襲いかかってくる。
 ッキン――。
 あちこちで刀の交わる音がする。一行の中で直江、高耶、それに小太郎は特に多くの暴漢を片付けていく。
「頭は殺さず捕まえろっ!」
 高耶の命令に黒い影が動いた。誰だと確認する間もなく高耶も襲い来る者を片付ける。
「直江っ!」
 高耶の視界に直江の背後から刀を振りかざす者が映った。その姿に咄嗟に高耶は≪力≫を使っていた。暴漢は何が起こったのか認識する前に、≪力≫の衝撃で地面に沈んでいた。
 ドサッ
 どこかで誰かが倒れる音がする。その音がした途端、暴漢達は目にもとまらぬ早さで引き上げていった。
「何だったんだ……?」
 高耶は辺りに気を配りながら、音の出所を探る。見ると小太郎が暴漢達の中心で指示を出していた者を捕らえていた。どうやら先ほどの黒い影は小太郎だったようだ。
「直江?」
 次に直江を捜す。すぐに直江の姿は見つかり、高耶は側へ駆け寄る。
「大丈夫だったか!?」
 高耶の言葉に直江は頷く。
「あなたのおかげで助かりました」
 直江の視線は、高耶の力で倒れた暴漢に注がれていた。
「どこの手の者でしょう」
 直江は思わず呟いていた。
「おおよそ見当は付いている。小太郎!」
 高耶は直江の言葉に厳しい声音で答えると、鋭く後ろを振り返る。
「はい」
 常に冷静な小太郎が、暴漢の一人を抱え高耶の足下に跪く。
「その者は上杉の領内に連れ帰る。よいな?」
 その言葉は、今回の首謀者と関わりがあったであろう小太郎に注がれていた。
「御意」
「他の者は後の厄介にならぬよう、皆殺しておけ」
 感情を殺した非常な表情で家臣に告げる。
「御意」
 いまだ息のある数人の暴漢の首を家臣たちはかっ切り、辺りの土は血で赤く染まっていく。
 全ての者の息が絶えたことを確認すると、高耶は直江だけを呼び他の者に告げる。
「ちんたらしていたら危険だ。私は直江とともに馬を駆って館を最速で目指す。お前たちは小太郎とともにその者を生きたまま連れ館に戻ってくれ」
 高耶は視線を小太郎に担がれた暴漢に寄せる。
「しかし、景虎様!?」
 家臣の一人が反対の声を上げる。他の者たちも一様に反対の様子が見て取れる。
「大勢で動く方が余程危険だ。今から馬を駆れば館には今日中に戻れる。わかったな」
 その何者にも反対を許さない声音に反論できる人間はその場にはいなかった。
「わかりました…」


Back   Novel   Home   Next