小太郎や家臣を後ろ目に、直江と高耶は馬に跨り手綱を引き駆け出す。それも先ほどとはうって変わって早駆けだ。あっという間に領内に辿り着く。関所で一端他の馬に乗り換え、さらに館を二人で目指す。途中邪魔も入ることなく街道を歩く者たちを何人も追い越していく。そうして休み間もなく二人で館を目指していたが、無情にも日が暮れようとしていた。
「高耶さん!」
「何だ!?」
後ろからの直江の声に高耶は声を張り上げ答える。
「今日はこれ以上は危険です!」
実際のところ街道も既に薄暗くなり、直江と高耶の体力も強行軍によってかなり消耗していた。
「わかっているっ!!」
高耶もこれ以上は危険だと認識している。
「今日はこの先の街で休もう!」
言うと高耶はさらに馬の速度を加速させる。それに追従する直江も必死に後を追う。そうしてしばらくして見えてきた街の明かりに、高耶は馬の速度を落とす。そして関所にたどり着くとその馬を降りる。
高耶と直江が乗っていたのは館の使者が使う馬である。一目でそれとわかる馬に関所の門番は丁寧に応対する。
「お疲れさまです。今日はこちらの街でお休みになられるんですか?」
それぞれの街には館からの遣いなどが寝泊まりするための屋敷が配備されていた。それは時には司令所となる重要な屋敷である。
「ええ。さすがにこれから馬を駆るのは危険なので…」
その言葉は、関所の門番が自分の正体に気が付いていないことを敏感に察した高耶から零れていた。
「そうですね。さすがにこれからの時間は危険でしょう。ゆっくり休んでください」
「ありがとうございます」
門番に礼を言いながら二人は関所を通過し、街へはいる。その街は政治の中心である春日山からほど近い街であるため、大通りは夜でもそれなりの活気を見せていた。
しかし、二人は道沿いに開かれている店に寄ることもなく屋敷へ急ぐ。そうして辿り着いた屋敷には明かりが灯っていて、二人は知らずにホッと息を吐いていた。
「すみません!」
まだ門が閉じられていたわけではなかったので、二人中へ入る。玄関で直江が高耶を制し声を張り上げる。
「……はい!」
数瞬して奥から人が現れる音がする。
「はい?」
開かれた扉の向こうには柔らかい表情の女性が立っていた。
「いきなりすみません。私たちは館からの遣いで北条へ行って、館へ戻る途中なのです。しかし、もう日が沈んでしまったので今日はこちらへ泊まらせていただけませんか?」
直江は婦人に館の遣いの証明となる書面を見せる。それを見た婦人は快く二人を中へ迎え入れる。
このように館の遣いを受け入れる屋敷には、それぞれ館から任命された者が住居として住み屋敷を管理していた。急な遣いなどにも対応する特別な屋敷である。相応の危険と隣り合わせで、かつ重要な屋敷にはそれだけ信頼された者が配備されている。
屋敷に案内され高耶たちはまずこの屋敷の管理者に面会を申し込んだ。そのときに二人は自分たちの身分を明かすことはしなかった。まだ二人が今の地位について一年も経過していない。そのため地方の領民などには顔が知れていなかった。この屋敷の家人たちも知らないようで、無用な気遣いをさせないための二人なりの心遣いであった。
「あなた。お客様がご挨拶したいそうよ」
その言葉に二人は婦人がこの屋敷の管理者の妻だと知る。
「わかった」
婦人が開いた扉の向こうに、立ち上がる姿が見えた。
「実はもういらしているの」
苦笑して言う婦人の言葉に、その男性の動きが止まる。
そうして注がれる視線に二人は穏やかに礼をした。
「これは…みっともないところを…どうぞこちらへ」
その人物は高耶たちを書斎らしき場所へ招き入れる。
そして通された薄暗い書斎の中で、高耶はその男性の顔を見て驚きに声を上げた。
「葛西先生っ!?」
「え?」
その高耶の驚きの声に他の三人はそれぞれの反応を浮かべる。男性は驚きに目を見張り、婦人は不思議そうに高耶を見て、直江は高耶の反応に疑問と驚きと困惑を浮かべていた。
「どこかでお会いしました?」
高耶が葛西と呼んだ人物は穏やかに高耶に尋ねる。
「あ…わからなくて当然ですね。景虎です。オレですよ」
高耶は動揺を露わに、自分のことを葛西に主張する。
「景虎って……」
葛西も驚きに絶句する。その名は現在の領主の名前である。そして葛西にとってはまた別の意味で忘れていない名前であった。
「あ…の!?」
葛西の脳裏には昔の高耶の面影が過ぎった。
生まれ持った≪力≫のコントロールが出来なかった高耶は、葛西にそのコントロールの方法と封印を施してもらったのだ。葛西は催眠術の権威であの長秀も高耶のところに葛西がいるときに、現在特技である催眠術を学んだのだ。催眠療法で心と向かい合いながら、そのコントロールを身に付けていく。穏やかな葛西に指導され高耶は多少の≪力≫のコントロールを身に付けることが出来た。そして、美奈子のことが心の枷となっていた高耶は、そのコントロールを身に付けることが出来、葛西が館を去る日、その≪力≫の封印を頼んだのだ。
「高耶さんお知り合いですか?」
直江の言葉に高耶はようやく衝撃から立ち直る。
「ああ…昔世話になった人なんだ」
直江は葛西を知らなかった。それというのも、高耶の≪力≫そのものが景虎側のごく少数の人間のみが知る機密で、景勝側にはその存在そのものが知られていなかったからである。今は、あの事件のせいで公にされてしまったその≪力≫だが、それ以前で知っていたのは小太郎と景虎の母と謙信、あとは数人の極一握りの人間であった。
「高耶…?」
葛西が直江の呼び方に不思議そうに高耶を見る。
「偽名…みたいなものです」
そうとは思えない優しい照れくさそうな表情で高耶は葛西に答える。
「では、私も高耶くんと呼ぼう」
葛西も何となしに昔の教え子に優しく言う。
「二人とも疲れただろう?食事を用意している間に湯に浸かってくるといい」
葛西はここの湯は温泉でね、と笑いながら告げる。
「ありがとうございます」
高耶と直江は二人して頭を下げ、葛西の部屋をあとにする。
二人は屋敷の家人の一人に、湯殿へ案内してもらう。しかし、直江はいざ服を脱ごうとした高耶に声をかける。
「高耶さん。先に入って下さい」
「え?広いみたいだしお前も入ればいいじゃん」
高耶の無邪気な言葉に直江は苦笑する。
「臣下が主君と共に湯に浸かるわけには参りません」
「今は関係ねーじゃん」
さらに言い募る高耶に、直江は苦笑を深める。
「誘っているんですか?」
「え……」
直江の言葉を瞬時には理解できなかった高耶は、だんだん顔を赤く染めていく。
「あ」
呟いたときには首まで赤くなっていた。
「だから先に入ってください」
そう言って部屋に引き返そうとする直江に高耶は、思わずその服の裾を掴み引き留めていた。
「高耶さん」
必死に押さえつけた欲望を煽るような高耶の行動に、直江は少々咎めるような声が出た。
「一緒に入ろう……」
最後は消え入りそうな言葉だったが、直江の耳にはしっかりと届いていた。
「何を…」
直江はその様子に慌てる。
「大人をからかうものじゃありませんよ」
必死に掻き集めた理性の欠片で高耶を諫める。
「からかっていない……っその…側にいてくれよ…」
消え入りそうな絞り出した高耶の言葉に、直江は理性を自分が手放しつつあることを自覚する。
「離れていたくないんだ」
高耶の体は震えていた。
高耶は先ほどの直江に斬りかかっていた黒い影に、実は怯えていたのだ。あのとき、咄嗟に≪力≫を使っていなかったら?今ここに直江はいなかったかも知れない。今の高耶にとって直江を失うこと以上に耐えられないものは存在しない。
幼い子供のような高耶に、直江は熱くなっていた体の熱が冷めるのを感じた。
今の直江にとっても高耶は失えない存在であるし、高耶は庇護するべき対象である。その高耶の不安を取り除いてやるためなら、自分の欲望など塵にも等しかった。
「わかりました。一緒に入りましょう?」
「本当か!?」
目に見えてホッとした高耶の様子に、直江は苦笑を零す。
「早くしないと夕食ができてしまいます。さ、早速入りましょう」
直江の促しに、早々に二人は全裸になると湯船に浸かる。
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