直江は高耶に腕を伸ばす。高耶は崖下に落ちてようとしている。高耶の体が傾ぐ。
後一歩、後一歩のところで直江の腕が高耶を捕まえる。
「高耶さんっ!!」
直江は間にあっとことへの安堵のため息を漏らす。
「なんで……?なんで死なせてくれないっ!!」
高耶は直江の腕の中でもがく。
直江はさらにきつく高耶をその腕で抱きしめる。
「なぜ…なぜいきなり死にたいなどと言うのですかっ!?」
高耶が逃げ出さないよう強く抱きしめる。
「まさかっ!何かあったのですか?」
瞳を険しくし、高耶を見る。
高耶は直江の声が聞こえてないかのように、力無い抵抗を腕の中で繰り返していた。
腕の中で、小さな声で何か言っている。
「……」
直江は高耶の言葉に耳を澄ます。
「や…っはなせっ……ど…せお前もオレを憎む…っオレなんかいない方がいいんだ……」
「もう…終わらせ…て……っ」
高耶はそのいつもは力強く開かれている瞳から、涙を零していた。子供のように泣いていた。直江は高耶の泣く姿を初めて見る。今まで見たことのない子供のような高耶。その高耶に愛しさが沸いてくる。
「高耶さん…オレにはあなたが必要ですよ?もう、あなたを憎んだりしない。景勝様のことを聞いてもあなたとを憎まない。何に誓えば信じてくれる?」
ギュッと高耶を両腕で抱きしめる。
「あなたのことがこんなに愛しい」
「嘘だっ!どうせそんなこと言って裏切るんだろう!?それともこれが復讐か?景勝を死に追いやったオレへの復讐なのか?オレを安心させて……信頼したら裏切るんだろ!?」
高耶が直江の腕の中、感情のままに叫ぶ。それは高耶の心からの叫びであった。人を心底から信じることのできない高耶の心の慟哭であった。
「裏切ったりしないっ!!」
直江も腹の奥底から思いを絞り出す。
「何を聞いてもこの気持ちは揺るがない…っどうすれば信じてくれるんですか!?オレの胸を切り開いてみせればいいのですかっ!?」
直江の瞳は激情が映し出されていた。その言葉に偽りはないのがわかる。しかし、直江が真実を知ったときに気持ちを変えない保証はどこにある?
直江が全てを知ってもオレにあの瞳を向けてくれる保証はどこにある?そんなものこの世に存在するわけない。人の気持ちが変わらないなんて誰も保証してくれないっ。
オレはただ直江との優しい時間が欲しかっただけなのに……
景勝の何十分の一でも構わない。ただその温もりに少しの間だけ包まれたかっただけなのに…
オレにはその資格がない、ということなのですか?
異母弟の死に荷担したオレには愛される資格などない…ということなのですか?
破壊願望に囚われる。もうどうでもよくなる。全てを壊してしまいたいっ!!
「離せっ……!!離せ!!」
直江の体が吹っ飛ぶ。
「クッ…っ」
高耶の”力”によって吹き飛ばされた直江は、木の幹にぶつかり衝撃に身を埋める。
腹を押さえながらも、霞む瞳で高耶のいるだろう方角を見ると、高耶が立ちつくしていた。
高耶の周囲はプラズマが走り、先ほど封印が強引に解かれたその”力”が湯水のように吹き出していた。
「あ…」
高耶は自分のしでかしてしまったことに呆然と立ちすくむ。
「なお…え」
今オレは何を……
直江を……?
「ぁあああ…ああ!!」
高耶は両手で頭を抱え込み、瞳を見開き絶叫する。そうして一歩一歩後退る。崖の端に片脚が足がかかる。しかし、正気ではない高耶はそのことに気が付かない。そうしてさらに一歩…足を踏み外す。
「あっ」
体が傾ぐ。そうして今度は直江の腕も伸ばされず谷底へその体が落ちていく。
「高耶さん――っ!!」
直江の悲鳴が響き渡る。
人は高い場所から落下するとき、落下途中その意識を失ってしまう。高耶の場合もその例外ではなかった。
虚ろな瞳で谷底へ落ちていく高耶。直江は崖下に落ちていく高耶の姿を霞む視界でみているしかできなかった。
なんだ?これは……
呆然と直江はその光景を見詰めていた。
身動きできない直江の側に、千秋や晴家などが追いついてくる。小太郎もその後ろにいた。
「直江!!景虎は!?」
膝を付き、いまだ蹲る直江に晴家が詰め寄る。
「何があったんだ?」
千秋も周辺の荒れた惨状に不審気に直江に尋ねる。
「高耶さんが……」
喘ぐように直江が呟く。
「高耶さんが…崖下に……」
「え……」
晴家の動きが止まる。
「どういうこと!?景虎がどうしたの!!」
「崖下に落ちて……」
その言葉に弾かれたように晴家が崖に走り寄る。
「そんな……嘘よ…」
呆然と崖下を見詰める。
いつの間にか小太郎の姿が消えていた。
「おい!お前ら呆然としている暇あったら行動おこしやがれっ!!直江!!お前が呆然としていてどうするんだ!?人使って捜索隊でも出しやがれ!」
呆然としている二人に、一番立ち直りの早かった千秋が喝を入れる。
千秋の言葉に二人も正気付く。直江はいまだ痛む腹を気力で押さえ込み、八海を呼ぶ。
「直江様」
この騒ぎに近くにいた八海は、呼ばれるとすぐに現れた。
「景虎様がこの崖下に落ちた。上杉の全勢力を注いで景虎様を捜すんだ」
「御意」
八海の頭の中では軒猿をどのように動かすか、その算段がなされていた。
Back Novel Home Next