Backgroun by cool moon

謙信は館に戻ると、家臣たちを集めあらためて景虎が嫡子であることを確認した。

「謙信公、なぜ今……」
謙信が家臣たちに強引ともいえる嫡子の確認をしたあと、腹心ともいえる色部が声をかけてきた。
「二人だけになれるところに行こう」
一言だけ言うと、色部を先導し他の者に聞かれる心配のない自室に戻る。
「色部、私はもう長くない」
「謙信公!!何を!?」
「自分の体は自分が解っている」
淡々としながらも、どこか悔しさに満ちた言葉だ。実際謙信はまだ老いたというには若すぎる年齢だ。やり残したことも多すぎる。景虎のこともそうだ。景虎の苦悩も孤独も自分にも理解できる。自分のような孤独を子供たちには味あわせたくなかった。しかし、気が付いたときには景虎の中には孤独が潜んでいた。無償の愛を知らず、計算でしか動けない。人を愛することも愛されることもできない子供だった。それがあるときから不器用ながらも愛することができるようになった景虎の変化も、その理由も気が付いている。今の景虎ならばこの地を託しても、武田や北条から守ることができるだろう。この地の領主として、領民をまもる義務がある。そのためには、涙を流しながらも非情になる必要があるのも。景虎には非情な選択を迫っているのは解っている。だが、それでも、領民たちをまもらなければならない。
「景虎を助けてやってくれ」
「今は早すぎます。あと十年、いや五年。でなければ……」
「わかっている。だが時間がないのだ。だから、お前に頼む」
謙信は色部の目を見て話す。
そこから色部も何かを感じ取る。
「…………わかりました」
色部は逡巡したあと、心を決め承諾する。


数ヶ月後。
「景虎!けっ…謙信公が!!」
「晴家?」
腹心の晴家が慌てたように走ってくる。
「景虎…謙信公…がさっき倒れた…そうよ」
息を切らせながら自分も先ほど知った重大な事実を景虎に伝える。
「ちッ…父上が……倒れた?」
呆然と聞く。
しかし強靱な精神力を持つ景虎はハッと我に返る。
「晴家、父上は今どこにいるんだ?」
「自室で……」
最後まで聞かずに本館へ向かい走り出す。

「景虎様……」
入り口近くには一足早く駆けつけていた景勝に付いてきたのか直江がいた。
「父上は?」
「とりあえず、安定しています。ただ……」
視線を外す直江の様子に、謙信が長くないことを知る。
「父上!」
「高耶……」
謙信の寝ている床に駆け寄ると、枕元には譲がいた。
謙信の様子は「安定している」という言葉通り苦しそうではないが、一目でもう長くないとわかる顔色だ。
譲は高耶に「どうしよう?」と不安そうな視線を向けた。
謙信の周りには有力な家臣たちが勢揃いしていた。その中でも重鎮の色部に景虎は声をかける。
「色部、このこと、どれだけの人間が知っている?」
「そこまで多くのものは知らないはずですが……」
「母上や小太郎は?」
「まだ知らないはずです」
「では、絶対に隠し通せ。ここにいる皆も!いいか!父上のことは他言無用!外部に漏れたときは上杉が危なくなること自覚しろ!」
支配者の瞳で皆に命じる。
それは、自然と人を従わせる。
「はっ!」
そこにいた者たちは自然と頭を垂れていた。


謙信が死ぬと景虎が家督を継いだ。
大半の者は景虎の采配に家督を継ぐことに納得していたが、少数とはいえども反北条の者たちが、納得せず内乱の火が燻っていた。未だ小太郎も景虎の母も館内にいる。そのことがよけい不審を招いていた。色部が動き説得してまわっていたが、なかなかうまくいっていない。景虎を暗殺し、景勝を擁立しようと裏で動いているのがわかっていた。
「景虎様……」
「色部か……わかっている。だが今北条といざこざを起こすわけにはいかない。領内をまとめあげなければ」
「しかし小太郎殿や母君がいらっしゃることによりよけいな不審を招いているのも事実」
「擁立する者がいなければ、……いい、か」
「!?」
景虎の言葉に不穏な空気を感じた色部は目を見開いた。
「それは!まさか……」
「冗談だ」
景虎はどこか恐ろしい微笑をたたえる。


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