Backgroun by cool moon

景虎の執務室に呼ばれ、入ると、景虎はデスクに付いて書類を片付けていた。
色部が部屋に入るとすぐ、景虎は用件を告げてきた。
「景虎殿…今、何と?」
「直江を俺の側付きにする、といったのだが?」
再び同じ台詞を繰り返す。
「……何でまた」
色部は突然の景虎の話に驚きを隠せない。
「とにかく、決定事項だ」
人の話を全く受け付けない、そんな響きがある。
「直江は納得していない。上手く言ってくれないか?」
景虎は強固な態度で、色部に拒否権を与えない口調で告げる。
諫めなければと思うのだが、色部も、最近の景虎の様子に、意見することに疲れてしまっている。人の意見を聞かない。独断で決める。しかし、景虎は上杉の不利益になる判断は下していない。上杉の不利益になることならば、何といわれようと止める。だが、そうでない以上、いいか…と諦めが浮かんでくる。
「わかりました……ですが、直江が納得するかはわかりませんよ?」
「お前なら、何とかできるだろう?色部。頼む」
ふと、景虎が上目遣いで見上げてきた。
それが、まるで幼子のような表情で、色部に景虎が未だ、少年の域を出ない年齢なのだと思い出させる。
この少年は、心の中でいったい何を望んでいるのだろう?と思う。景虎がわがままを言ったり、自分の希望を口にしたところを見たことがない。同じ年頃の景勝は、その年頃にあわせて希望やわがままの種類は異なったが、周囲を困らせることもしばしばだった。強いて言えば、初めて目にする景虎のわがまま、か。
やっかいなわがままだ……
直江と景虎も、景勝を挟んで良好な関係を築いていた。だが、景勝が亡くなった途端のこの話、義理堅い直江が承諾するとは思えない。
それでも、このときの色部は承諾させるのは不可能なことではないと思っていた。直江が、景虎から話を聞いたとき、拒否した理由を知らない色部は、直江が拒否した理由を勘違いしていた。
「今の上杉には信用できる人間が少ない。上杉を裏切らない人間が一人でも必要なんだ」
景虎は理に訴えてくる。
確かに、今の上杉の内部には不穏分子が多すぎる。謙信の死後、先見性のない馬鹿どもがいつ裏切るとも知れない状況だ。カリスマの死後、組織の団結力が衰える。常識だ。裏切りの心配のない者で周囲を固めたい、その考えは理解できる。だが、それが直江である必要性はない。
本当の理由は?
聞いても意味のないことだが……
「今日の定例会議で発表したい。できたら、それまでに頼めるか?」
「わかりました。では、早速直江に会ってきます」
「ああ……頼む」
こんなときばかり、と、思わないではなかったが、息子のような景虎のわがまま、聞いてやりたいと思ってしまっている自分がいる。


「直江!」
早速、未だ喪に服している景勝の棟に行き直江を捕まえる。
直江は景勝の下で働いていたため、会議などを執り行う館の本館にいることはない。たまに、訪れる程度だった。そのため、直江を捕まえるには景勝のいた棟に行く必要があった。
「色部さん……どうされました?」
直江は突然の色部の出現に驚きを隠せない。
色部もまた謙信の側で補佐をしていたため、常に本館に詰めていて、景虎がかつていた棟や、景勝がいた棟に訪れることは滅多になかった。
その色部が、いる、のだ。直江が不思議に思ってもしょうがない。
直江は夜あれから結局寝付くことができず、ひどい顔をしていた。
その表情を、色部は景勝の突然の死に消耗しているのだろう、程度に受け取っていた。
「景虎殿から話はあったと思うが」
この時点で直江には嫌な予感がしていた。
「景虎殿の補佐をしてみないか?」
予感的中。景虎は昨夜の会話だけでは直江が突っぱねることを予想していたのだろう。色部に根回しするとは……。
「確かに、景勝殿が亡くなってすぐで、そなたも踏ん切りが付かないだろうが、今の上杉には景虎殿が信用できる人間が少ないのが現状だ。そなたならば、裏切らないだろう?」
「色部さん、すみません。こちらでその話はしましょう」
硬い声で直江は自室に色部を案内する。
色部も、まぁ、廊下でする話ではない、と思い直江に付いていく。
「私は、あんな人の側に仕える気にはなりません」
部屋のドアを閉めたのを確認すると、直江は吐き捨てた。
「……どういうことだ?」
直江の言いぐさに、色部は不審を感じた。色部が知る直江は、景虎のことを吐き捨てるように「あんな人」と言う人間ではなかった。
「あなたは、景勝様の死が自然死だと思っていますか?」
「……ああ。医師の診断でも不審な点はなかったんだろう?」
「確かに。ですが、景虎様の仕組んだことだとしたら?」
「まさか!……証拠はあるのか?」
「ありません。ですが、俺がこの耳で聞きました。景虎様が昨夜、小太郎と話していました」
「本当なのか?」
色部も、思うところがあったが、自身でそれはあり得ない、と可能性を否定していた。
「あなたが俺を信じてくれるのなら」


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