Backgroun by cool moon

「ようするに景勝殿の死が景虎殿によるものだから、お前は景虎殿の下で働けない、というのか?」
「そうです」
当然でしょう?と直江は返す。
「……」
色部は唸る。
景虎の命令を反故するわけにはいかない。だが、直江も納得させなければならない。
「こう、考えたらどうだ?景勝殿の代わりに、お前が景虎殿の側で景虎殿が上杉の利益にならない判断をしないよう動向を見張る、というのは?」
「……」
直江は、納得できない、と沈黙する。
「そなたも上杉を護りたいのだろう?景虎殿に仕えるのではない。上杉のために仕えるのではいけないのか?それとも、お前はこのまま景勝の死を引きずって何もなさずに終わるのか?」
色部は直江の心を少しでも動かそうと、たたみかける。
「------わかりました。一応あなたの顔をたてて側付きの件引き受けます。ただし、私は景虎様に忠誠を誓うのではない。上杉に誓うのです」
直江は色部の執拗さに折れた。ここで自分が断り続けた場合、色部の立場が悪くなる可能性もある。
景虎に忠誠を誓うつもりなど皆無だが、仕えるだけならば……と自分を誤魔化しながら景虎の側付きの件を承諾した。
「そうか!?」
色部はホッと一息吐く。
「ならば早速今日の定例会議に出席してくれ」
わかりました、と直江が呟いたのを確認すると、色部は早速景虎に報告すべく、直江の部屋をあとにした。


ざわざわ……
会議の時間が近づき、続々と人が集まってきていた。直江も会議開始五分前に会議室に入り、入り口近くで立ちつくす。
会議室には縦長の机が置かれ、ずらっと椅子が並べられていた。
今まで定例会議に出席したことはほとんどない。過去数回出席した会議では、一番下座に座った。だが、当時謙信公の側付きだった色部は、謙信公の斜め後ろに控えていた。自分の立場は景虎の側付きだというが、どこにいるべきか迷うところだ。
そうこうしていると、定刻ちょうどに景虎が会議室に入ってきた。
景虎は入り口近くの直江をみると、付いてこい、と一言言い置き、上座の席に座る。
直江も景虎の言葉に従い、景虎の斜め後ろに立つ。
色部は家臣の中では一番の上座、景虎の斜め左に座る。
「最初に皆に伝えておくことがある。今日から直江信綱を私の側付きにする。異論はないな?」
景虎は、異論を許さない口調で尋ねる。
それでも突然の人事に、会議室がざわめくのは仕方のないことだ。
「私も直江殿ならば安心です」
ざわめきの中、色部が口を開く。
「今まで景勝公に仕えていた彼が景勝公亡き後景虎公の片腕になることは、大変よいことだと思わないか?皆は」
「そう、だな……」
色部の後押しで、出席者全体の雰囲気が賛成に流れていく。
「景虎方と景勝方、手を組むのは大切だものな……」
景虎の思惑通りに事が運んでいくのを直江は苦々しくみていた。
「それでは、本日より直江は私の側付きになる。それでよいな?」
「ええ……」
皆が頷くのを確認すると、会議の本題に入っていった。

小1時間も経つと会議が終わった。
「色部、一緒に来てくれないか?」
「わかりました」
色部は引継等の話だろう、と思い立ち上がる。
景虎は足早に会議室を出て、執務室へ向かう。その後を、直江と色部が付き従う。その間、なぜか景虎は無言だった。
執務室に着くと、ようやく景虎が口を開いた。
「直江、詳しい詳細などを色部に聞いて、一週間で仕事をこなせるようにしろ」
「一週間、ですか?」
「景虎殿!いくら何でもそれは無理だ!!せめて一月なければ」
そうなのか?と景虎が直江に馬鹿にした笑いを投げてよこす。
それに、何とも思わないほど直江も人間ができていない。基より、プライドの高い人間だ。景虎の馬鹿にした笑いが、対抗心に火を付けた。
「わかりました。一週間ですね」
「そうだ」
「では早速色部さんをお借りしてもよいでしょうか?」
「ああ、色部も頼む」
色部は、ふぅ〜と一つ溜息を吐くと直江を隣の部屋に案内する。そこが、側付きようの執務室だ。側付き用の部屋は常に主の隣に用意されていて、いちいち廊下に出ずともお互い行き来できるよう、扉が付いている。執務用の部屋もしかり、私室もしかり。今まで、側付きがいず色部が代役を務めていた景虎の私室の隣は現在空いていたが、今日からは直江がそこに入るはずだ。
隣の部屋へ続く扉が閉まるのを確認すると、景虎は早速書類の山に向かう。


一週間が経過する頃には直江は宣言通り、景虎の側付きの仕事の大半を把握し、実行できるようになっていた。
周囲の者は直江の優秀さに舌を巻いていた。
そして、口々にさすが景虎殿は見る目がある、と囁いていた。
「直江!」
「色部さん」
所用で外出していた直江が館に帰り着くと、偶然館内の廊下で色部に会った。
「どうだ?仕事の方は」
「何とか覚えました」
色部が直江に指導、引継をしたのは最初の3日で、後は直江が独力で現在の上杉の領内の状況や、外交状況など資料と格闘し把握していた。
直江ならば大丈夫だろう、と思っていたが、色部も前任者の責任感から多少心配していた。
「景虎殿とは?」
一番心配なこと、それは景虎とうまくやっていけているのか?ということだった。
「問題ありませんよ」
硬い声で言う。
その声を聞いただけで、友好関係が築けていないことは明白だ。
景虎が景勝を殺した、と信じている直江には無理な話なのかもしれないが、側付きとしては、偶には主に安らぎを与えられる関係を築くことも重要だ。常に気を張りつめている状態ではどちらも長続きするとは思えない。
「景虎殿とあれから話をしたのか?」
暗に景勝のことについてだと匂わせながら尋ねる。
「いえ……今更聞くこともないでしょう?」
伏し目がちに自嘲する。
「お前たちの関係は、まず真実を知らなければ、もうどうにもならないだろう?景虎殿に一度問いただしてみてはどうだ?でなければ、お前の気持ちにも踏ん切りがつかないだろう。いつまでも景勝殿の死を引きずるわけにもいくまい」
「今更ですよ……」
直江は呟くと、色部の横をすり抜け景虎の執務室へ向かう。
これ以上色部に何を言われても、裏切られた思いは消えない。ならば、これ以上何を聞いても無駄ではないか……


どうすればよかったんだ……
高耶は直江のいない執務室で、自身を抱くように両手を交錯し目をつぶっていた。
景勝の死によって変わってしまった直江との関係。欲しかったのは主従としての関係ではなかった。ただそこに直江がいるだけで、心がない関係ではなかった。
欲しかったのは……温かい腕や、優しい眼差し。直江が常に景勝に向けていた十分の一でよかった。ただ、ただそれだけが欲しかった。
コンコン……
扉をノックする音だ。
「どうぞ……」
一瞬のうちに表情を引き締め、冷徹な主君の貌を作る。
「失礼します」
直江が室内に足を踏み入れたときには、高耶から先ほどの思いを感じさせるものは全て消え失せていた。


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