「…う…、なぜ……か?父…上…」
深夜寝付けずにいたら、隣の部屋からうなされる声が聞こえてきた。
直江は無視を決め込もうとしていたが、あまりの苦しそうな様子に景虎の部屋へ足を踏み入れる。
「景…勝ぅ」
景虎におよそ似つかわしくない頼りなげな声がもれる。直江は「景勝」の名前に反応し、景虎の方へ視線を向けると、そこには寝ながら涙を流す景虎がいた。
「直江…」
自分の名前を呼ぶ景虎の様子にドキッとする。その声は縋るような色を含んでいた。
あまりの苦しそうな様子に、冷徹になりきれない直江は高耶の枕元へ腰掛け、髪を梳いてやりながら囁く。
「大丈夫、何も怖いことはないから……」
すると高耶は安心したように眠りに引き込まれていった。
以前の優しい関係を思い出す。景勝がいて景虎がいて、もう戻れない瞬間(とき)。景虎、いや高耶はなぜ景勝を手にかけたのか……
色部から言われたときは、反発だけでそんなこと考えようなど思わなかったが、先ほどの景勝を呼ぶ声を聞き、そんな思いが浮かんでくる。
どのように殺したのか、まるでわからない暗殺。主治医は暗殺などあり得ない、と言っていた。感情的になっていたときには気付かなかった、いや、無視していた矛盾が多すぎる。
明くる朝、直江は早めに起床し、上杉家のの主治医を務める医師に会いに行った。
主治医は館のすぐ近くに屋敷を与えられそこに住むのがしきたりになっている。そのため、主治医に会いに行くのに数十分とかからない。
早朝の急な訪問にもかかわらず、まだ年若い、30代の主治医は快く出迎えてくれた。彼は数年前に代替わりし、父親から仕事を引き継いでいた。真面目で純朴だが優秀な医者だ。
応接室に通され、お茶を差し出される。
「朝早く突然訪ねて申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ」
詫びる直江に主治医中川は人当たりのよい笑みを浮かべる。
「今日はどういったご用件で?」
中川は耳障りにならない柔らかい声で早速用件を尋ねる。
「少し…お尋ねしたいことがありまして……」
直江は、どう、問おうかと逡巡しながら慎重に切り出す。中川の目を見詰め、少しの変化も見逃さないよう細心の注意を払う。
「景勝公の死因のことで」
直江が言った瞬間、中川の視線が揺らいだのに気付く。
「どうされたのですか?それが」
平静を装っているが、初めの一瞬の動揺が不自然だった。
「景勝公の詳しい死因は何だったのですか?」
「心筋梗塞、に近いものだと思います」
「心筋梗塞?それは普通年寄りがなるものでは……」
直江は不自然な死因に驚く。
「ええ、しかし景勝殿は毒物や外側からショックを与えられたものではない、心筋梗塞の症状をみせていました」
中川は少し視線を下に落としあわあわと話す。
「本当に?」
「ええ……」
何かあるな、と感じながらもこれ以上問いつめても口を割らないのは中川の性格上明白なうえ、景虎の執務の時間が迫っている。
「わかりました。何か景勝様の死で気になる点がありましたら是非に教えてください」
「ええ、お約束します」
挨拶をし、中川宅を出る。
短い時間だが多少収穫があった。初めの中川の動揺。はたして何を隠しているのか?
中川に会いに行って数日、景虎の補佐をしながら秘密裏に色々景勝の死の真相を探っていたが、全く進展をみせていなかった。
やはり、中川から崩すしかない、か----?
「直江、この件はどうなっている?」
景虎が読んでいた書類を差し出す。
直江はそれを一読すると、その件の記憶を探る。
「用水路の件、ですか……確か難航しているようです。なにぶん技術者が不足していまして、設計段階で躓いているようです」
「そうか……」
景虎はどうするべきか……と考え込んでいる。それに、直江も何かよい案は……と考える。
景虎に対する態度が、自分でも自覚できるほど数日前より柔らかくなっているのがわかる。景虎が景勝を殺したのではないかもしれない。仮に殺したのが景虎だとしても、何か理由が……とよい方に考えたがっている自分がいる。
「確か市井によい技術者がいる、と以前噂に聞いたが……」
高耶が顔をあげる。
「ええ、私も噂で聞いたことがあります」
上杉のお抱え技術者では出来ない高度な技術を持った者が市井にいるとは俄には信じられないが、領民の間では有名な人物らしい。
「よし!直江。今日急ぎで片付けなければならない案件はなかったな?」
「ええ、別段」
「今から城下へ行きそいつを捜してくる」
景虎はいいながら、立ち上がり出かける支度を始める。
「えっ!?」
突然の話に直江は驚く。領主がいきなり……安全上の問題もある。
「お待ち下さい!まずは部下に捜させるべきです」
「……いいだろう?息抜きも兼ねてだ」
「こればかりは譲れません」
直江も必死だ。景虎の身に何かあれば大変なことになる。直江は入り口に立ちはだかり、景虎の外出を止めようとする。
「行くんだ!!」
「ダメです!!」
景虎はいつになく子供っぽい駄々をこねる。
「………わかった」
「わかっていただけましたか?」
ホッと直江は溜息を吐く。
「その代わり、散歩に付き合ってくれないか?」
高耶は内心恐る恐る、それを表面上は現さず尋ねる。
「そのくらいなら」
いままでの直江からは考えられない色好い返事に、心の中では驚きながらも、喜びを感じる自分に、期待するな、どうせ裏切られるだけだ、と自衛本能の警鐘が鳴る。けれども、弱い心は、優しい言葉にのってしまう。
ここ数日の直江の態度。明らかに違ってきている。夢の中で直江の声を聞いて以来だ。
なぜ?
何かあったのか----?
俺が景勝を殺したと知り、遠退いていったはずの直江。
まさか…あの事がバレた?
いや、そんなはずはない。
あの事を知るのは俺と八海だけだ。
それに、バレたのであれば直江の態度はもっと何らかの変化を見せているはずだ。ここ数日景勝の死について探っているようだが、真実には辿り着くはずはない。
「どちらへ行かれるのですか?」
どんどん館の敷地の奥へ歩いていく景虎に直江が尋ねた。
「いいから…こっちだ」
振り向いて、しかし行き先を告げずに景虎はどんどん歩いていく。
林の中を黙々と十分ほど歩いただろうか、突然拓けた広場のような所に出た。
「ここは----?」
暗い林の中、そこだけ太陽に照らされ、温かい日だまりができていた。
いくつかある岩の一つに景虎が腰掛ける。上を見上げて眩しそうにしている。
「いい所だろ?」
ここ最近みることがなかった穏やかな笑顔だ。
「ええ、でもなぜ私を?」
「お前に似合うと思ったから……」
「え!?」
「……」
景虎の呟きを聞き取れず聞き返すが、繰り返し言う気はないようだ。
目を閉じ、日差しを浴びながら太陽に焦がれるようにそこに腰掛ける景虎がいる。
その情景のあまりの神聖さに、直江は身じろぐこともできずにその場にたたずんでいた。
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