朔の里


 今まで人の言葉を話すことが出来なかった高耶。その高耶が初めて話した言葉が「直江」。これで、情が湧かずにいられようか。
 直江は高耶の頬を両の掌で包み込み、高耶としっかり視線を合わせる。
「ただ今帰りました」
 直江の言葉に、高耶の表情も華やぐ。
「なぉえ!」
 飛びついてきた高耶に、直江からも笑みが零れていた。


「――なおえーごはーーッ!」
 それからの高耶は、懸命に人の言葉を話そうとし、その成長は目まぐるしかった。もとから、言葉を理解はしていたのだ。発音さえ出来るようになれば、障害はない。たどたどしい言葉を駆使し、直江に語りかけていた。
 式の用意した夕食ができあがったのだろう。高耶がいつも直江と共に食事を摂っている部屋から、直江を呼ぶ声が聞こえる。
 高耶がやって来たこと以外は変わらない直江の日常は、朝起きて、必要ならば狩りに行き、書物を読む。けれど、退屈さえも忘れ去っていた日常に、高耶の存在が花を添えていた。
 高耶との食事は思わず笑みが零れてしまう微笑ましさだ。
 直江の真似をし、箸を握って自分の食事をたいらげようと悪戦苦闘するさまは、微笑ましいの一言だ。初めは肉ばかり食べていた高耶だが、直江が食べるのも見て、同じものを恐る恐る食べてみたりする。そのときの反応は、笑っては悪いと思いながらも、つい笑ってしまう。葉物はやはり体が受け付けないようだったが、穀類の粟や稗、芋などは少しずつ口に入れるようになった。
 他にも直江の生活習慣を真似てみて、顔を朝起きて顔を洗ったり、排泄にはひばこを使い、寝るときには直江の御帳台へと潜り込む。その様子は、ますます直江を高耶へ傾倒させていった。

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