オオギタカヤと愉快な仲間たち(第1〜5話)


 昔々あるところに人間が好きだけど、人間の側によるとその体の放つ毒素で人間に害をなしてしまう、かわいそうな魔物が住んでいる森がありました。
「何で俺だけこんななのだろう…」
 森の動物たちはみな、魔物の高耶さんが大好きで、高耶さんもまた、動物たちのことが大好きでしたが、高耶さんは人間たちと友達になりたい――と願っていました。
 しかし、その願いとは裏腹に森の近くに住む人間たちは、「災いをもたらす魔物が住む森」と呼び、森に誰も近づくことはありませんでした。終いには、魔物退治を引き受けてくれた方には謝礼をはずむ、と賞金までかけてしまいました。


 ある日森の近くの村へ騎士直江がやってきました。直江は偶々入った酒場で村人に捕まってしまいます。
「騎士様、よろしくお願いします。私たち村人は森に住むあの魔物が居るために、森にはいることが出来ないのです。騎士様以前にも何人か魔物退治に行った者たちは皆帰ってこなくて――」
 懇願する村人に人当たりのよい笑顔で「任せてください」といいながら、心中お前たちのためなどではないさ、と村人を鬱陶しく思っていました。直江は自分の肩書き上、どうしても見捨てることができなかったのです。王都の近衛隊の隊長。それが今現在の直江の肩書きです。とある事情から、一月ほど休暇をもぎ取り、この村へやって来ていたのです。近衛隊の隊長が、無下に断ったことがしれたら、自分の社会的立場が悪くなります。それは、直江にとって許せないことです。そして、直江の目的地は森の中にありました。どちらにしても、森に入るしかなかったためついでに引き受けただけです。
「早速森へ向かいたいのですが…」
 村人から逃れるため、早々に出発を切り出します。
「は…はい!では、これは少しばかりですが食料と水です」
 わざわざ危険な魔物退治を余所者がしてくれるとあって、村人たちはいそいそと数日分の食料と水を差し出します。直江は村の人間に僅かばかりの軽蔑を感じながら、早速村を出発しました。


 一歩森へ足を踏み入れると、そこはまるで動植物たちの楽園のようで、村人たちが森へ入りたがるのもうなずける様子です。自然の恵みの宝庫といえました。中には現在では貴重とされる動植物まであり、これを街に出て売れば大層な金になることは請け合いです。

 森に住む動物たちは、直江の侵入をいち早く察知していました。
「侵入者だ!侵入者だ!」
 森の動物たちは騒ぎ出します。
 動物たちは侵入者の存在が、高耶さんにばれないよう極秘に伝達していきました。
「嘉田さん」
 梟の平四郎が猪の嘉田に報告に来ました。
「その侵入者はどこにおるんじゃ?!」
 嘉田は地声が大きいためその声は怒鳴っているように聞こえます。
「まだ、森の入り口です」
「兵頭たちを集めるんじゃ!!そやつを追い払う!!」
「はい」
 梟の平四郎は高耶さんに気付かれないよう、森の仲間たちに「侵入者を追い払うから、森の入り口に集まれ」と伝達して回ります。
 動物たちは、これ以上人間を高耶さんに近づけて、高耶さんに悲しい思いをさせてはいけないと、直江を追い払うのに必死です。


 その頃高耶さんは黒豹の小太郎の腹を枕に、暖かい日差しの中お昼寝をしていました。しかし、森の中の不穏な空気が伝わってきます。森は大事な仲間たちがいるところです。その森の異常は見過ごせません。高耶さんは眠たい目を擦りながら起きあがると、小太郎を従え不穏な気配が漂う森の入り口に向かいます。
 動物たちが集まり、何かを威嚇しています。
「皆どうしたんだ――?」
 声をかけると、そこには動物たちに囲まれ、右腕を怪我した人間が蹲っていました。
「お前たち!!一体何しているんだ!?」
 高耶さんは咄嗟に動物たちを怒鳴っていました。そうして、怪我した人間に駆け寄ります。
 高耶さんの怒鳴り声に動物たちはシュンと項垂れてしまいました。
 しかし、その人間の男の服装をみて、動物たちがなぜそのようなことをしてしまったのか解ってしまった高耶さんはそれ以上動物たちを怒ることができなくなりました。
 人間の着ていた服は、いわゆる騎士の服で、腰には長剣を提げていました。その格好から、これまでもいく人か訪れた、自分を退治する人間だとわかったからです。高耶さんは人間に害を与えたいわけではないのに、彼らは自分に剣を向け毒を浴びて死んでいくか、それとも、半死半生で森を出ていくか、二通りの結果しか今まであり得なかったのです。それは、人間のことが大好きな高耶さんにとって、とても悲しいことでした。
「……お前たち、……もういい、あとは俺に任せてくれないか?」
 そう言われてしまっては、動物たちもこれ以上何もできません。皆、高耶さんの方を心配そうにチラチラみながら、散っていきました。
 皆がいなくなるのを確認すると、高耶さんは人間の直江の傷の具合を確かめます。
 そうです。今の高耶さんは半年ほど前に森を訪れた狐の中川という医者に、蠱毒薬という薬を作ってもらい、そのおかげで多少の接触では人間に害を与えることはなくなっていました。
「あなたは----?」
 直江は少年のルビーのような瞳に、一瞬目を奪われてしまいました。しかし、すぐにハッと我に返りそれが村人の言っていた魔物の特徴と一致することに気が付きました。村人たちは、魔物は人の形をしていて、深紅の瞳を持っていると言っていました。直江は騎士としての習性から、その少年が魔物だと認識した瞬間、剣を構えていました。
 剣を構えた直江に高耶さんは哀しいそうに瞳を曇らせました。人間に剣を向けられるのは初めてではありません。しかし、直江の様子に今まで出会ったどの人間の行動以上に傷ついていました。なぜなら、高耶さんは直江の格好良さに一目見たときから目を奪われていたからです。
 直江は高耶さんの哀しそうな様子に、自分が悪いことをしている気がしてきました。直江は騎士です。騎士としてこれまで多くの魔物を殺してきました。直江は今まで魔物を殺すことに躊躇いを覚えたこともなければ、罪悪感を持つこともありませんでした。今まで、魔物を殺すという行為に感情を動かされることなどなかったといってよいでしょう。それが、高耶さんの哀しみに曇った瞳をみただけで、躊躇いが浮かんできます。直江は今までにない自分の感情の変化に戸惑いを覚えてしまいます。直江は居心地の悪さに身じろぎをしました。その拍子に、傷ついた左腕の上腕部が痛みました。
「つぅ……」
「大丈夫か!?」
 優しい高耶さんは、思わず直江に近づき、傷口を覗き込みました。
「……」
 鋭く切り裂かれた服の裂け目から、血を流した傷口が覗いていました。傷口は誰かの牙によるものなのか、止めどなく血が流れていました。
「大丈夫か?」
 尋ねながら、手早く止血を施します。
 心配そうな高耶さんの様子に、直江は剣を向けることができなくなってしまいました。
「きちんと手当をしないと……ごっごめん!!」
 高耶さんは直江を見上げ、直江が何をしにこの森へ来たのか思い出してしまいました。
「俺なんかに手当てされたら嫌だよな……」
 高耶さんは、もう泣きそうになりながら呟きます。直江の顔などとてもみることができない心境で、地面を見詰めます。そのため高耶さんは直江の表情の変化をみることができませんでした。
「いえ嬉しいですよ」
 高耶さんににっこり笑顔を向けます。
 けれど高耶さんは顔を上げてくれないため、その笑顔も意味のないものとなってしまいます。
 剣を地面に置くと、直江は高耶さんの頬に右手を当てます。そして強引に顔を上げさせしっかり瞳を合わせます。
「よかったら手当をしてもらえませんか?」
「え……」
 高耶さんはびっくりしてしまいます。
 高耶さんが驚くのも無理ありません。直江は高耶さんを退治しに来たはずです。その直江が高耶さんに手当など普通は頼まないはずです。
「正直、別段私としては魔物退治をしにこの村へ来たわけではありません。それにあなたは悪い魔物のようには見えないのですが?それなのに、私が退治する理由はないでしょう?」
 高耶さんを安心させるため、直江は穏やかに微笑みます。
「心配でしたら、左腕も辛いですし剣を預かってもらえませんか?」
 高耶さんは直江の瞳から嘘をいっている気配を感じられませんでした。それに、騎士の命ともいえる剣を預けるというのです。これには高耶さんも驚いてしまいます。
「この腕では剣が邪魔ですし、あなたも私が剣を持っていない方が安心でしょう?」
 しばらくしてようやく高耶さんが口を開きます。
「家……」
「……」
 直江は無言で先を促します。
「この近くだから……」
 高耶さんは口べたの恥ずかしがり屋さんです。その上、なぜか直江の顔を直接見るのは恥ずかしいのです。直江も高耶さんの様子に言いたいことを察っします。
「家に連れて行ってくれるのですか?」
 高耶さんは頷いて答えます。そして高耶さんは立ち上がり、直江の傍らで直江が立ち上がるのを待ちます。
 直江は鞘に剣を収めると、剣を腰から外します。
「持っていてください」
 笑顔のおまけ付きで渡されます。
「いいって…お前が持ってろよっ」
「この剣は結構重いんです。今のこの腕では辛い。なので、悪いのですが持っていてください」
 お願いします、と直江は微笑みます。
「いいから持ってろ!!」
 高耶さんは直江の差し出した剣を、直江の胸に押しつけます。その拍子に傷口に剣の鞘があたったのか、っぅう…、と直江は顔を顰め呻きます。
「だ…大丈夫か!?」
「えぇ……」
「本当に!?」
「はい」
 直江は大丈夫だと言いますが、その額には脂汗が浮いています。かなりの無理をしているのでしょう。
 高耶さんはその様子をおろおろと見ることしかできません。
「この剣を持っていてください」
「……わかった」
 今度は高耶さんも断ることができません。人と接したことのない高耶さんです。賢い対人関係を築く方法など知りようもありません。お陰で何事も直球で、裏表のない行動を取ります。何と言っていいのかわからない高耶さんは、直江に是と言うしかありませんでした。
 直江の剣を両腕に大切に持つと、「こっちだ…」と直江を促します。


 高耶さんは途中何回か直江が付いてきているのか振り返って確認しながら、どんどん歩いていきます。
 直江が高耶さんの後についていくと、小屋らしき物が見えてきました。
「ここだ。ボロいとこだけど…」
「よく手入れされているみたいじゃないですか」
 優しい声で直江は言います。
「まぁな」
 高耶さんは照れたようにへへ…と笑います。
 家の扉を開け、直江に中にはいるよう促します。そして、入って突き当たりの台所兼食堂に直江を通し、椅子に座らせます。ガタガタと棚から薬箱を出すと、傷薬を選び出し、桶に水を張ります。
「服、脱げるか?」
 上等な布で作られた服を破いて治療するのは躊躇われます。
「脱げないこともないですが…」
「じゃ、脱いでくれ」
「わかりました。ただ、ボタンなど外してもらえませんか?」
「あ…あ」
 よく見なくとも直江の着ている服はカッチリとボタンが嵌められ、片手で外すことは難しそうです。慌てて高耶さんは直江の服に手を掛け、前をくつろげてやります。
 露わにされた傷口は、スッパリと切れてはいましたが、想像していたよりは軽い様子に、高耶さんは安堵の溜息を吐きます。
「そういえば…あなたのお名前も伺っていませんでしたね」
 時折心配そうに直江を見ながら、傷口に薬を塗っていく高耶さんに直江は今気付いた、というように話しかけます。
「そういえば……」
 高耶さんも先ほどまでは動転していてそこまで気が回っていませんでした。直江に指摘されて初めて、まだ自分が治療している人物の名前さえ知らないことに気が付きました。
「私は直江信綱、といいます。あなたは?」
「オレは高耶。仰木高耶」
「高耶さん、ですか…」
 高耶さんは直江の唇から発せられた自分の名に、なぜか気恥ずかしくなってしまいました。
「直江…?」
 自分も直江の名を口に乗せてみます。何だかますます恥ずかしくなってきます。
 直江はなんですか?と言う表情をします。その表情はとても優しいものでした。


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