オオギタカヤと愉快な仲間たち(第6〜10話)


「何でもない…」
 高耶さんの様子に直江は微笑を絶やしません。今の直江の姿を王都の直江の友人が見たら腰を抜かして驚くのは請け合いです。普段の直江は始終無表情で、表面上顔の表情を作ることはあっても、心から笑顔を見せる人間ではないのです。それが今は高耶さんに惜しみない笑顔を大安売りしています。
「そうですか?」
 その声までとても優しいものです。物心付いたときには、この森で赤目の魔物として過ごしていた高耶さんです。動物たちは優しくしてくれますが、人間に優しくされたのは初めてのことです。直江の様子に戸惑いを覚えながらも、急速に直江のことを好きになっていきます。
 さっき魔物退治が目的ではない、と言ったけど、本当の目的は何なのだろう…
 高耶さんの心には疑問とともに、自分に出来ることなら協力したい!という気持ちが沸いてきます。
 王都の人間がわざわざこのような片田舎の森までやってくることは希なことです。そのくらい、高耶さんだって動物たちに聞いて知っています。高耶さんの家には沢山の本があって、そこにも様々なことが記述されています。騎士というのは魔物退治をするのが仕事だというのは知識としてあります。しかし、直江の目的は魔物退治ではないといいます。
「直江…あの……」
「どうしました?」
 初対面も初対面、今日初めて会った高耶さんに呼び捨てにされても気にならない自分に直江は戸惑いを覚えます。
 俺はなぜ……?
 けれども、この赤目の魔物に優しくしてあげたいのです。もっというなら、なぜか離れがたくなっています。そうなると今まで大概のことを自分の思い通りに運んできた直江です。高耶さんのことを連れ去ってしまおう!と思い立ちます。しかし、計画を練ろうとしたところで高耶さんが口を開きます。
「何で直江はここに来たんだ?」
 高耶さんには口先だけの嘘は通じない気がして、直江は正直に答えていました。
「全ての災いを消すという、紅玉を探しに……」
「全ての災いを消す紅玉?」
「そうです。この森の奥深くに眠るとされている紅玉を探しに…」
 ここに住んでいる高耶なら何か知っているかもしれないと、聞いたことはありませんか?と尋ねる直江に高耶さんは首を振って否定します。
「昔、この地に眠るドラゴンの力によって封印された魔物がいたのだそうです。その魔物を封じた紅玉には魔力が宿り、全ての災いを消す力を持ったと言われています。本当に聞いたことはありませんか?」
「あぁ…聞いたことない…」
 記憶を探りながら答える高耶さんの声は、しかし、しっかりと否定します。
「そうですか……」
 直江は視線を落として応えます。
 信じていたわけではないけれど、一縷の望みを賭けてやってきた直江です。さすがに精神的に堪えてしまいます。
「でもっ!書庫の文献を調べたら何かわかるかも!!」
 とても落胆している直江に高耶さんはつい、言ってしまっていました。地下の書庫には沢山の本があります。その中には未だ高耶さんが読んだことのない本も多量にあり、その中に何か手がかりがあるのでは!?と直江に叫んでいました。
「書庫ですか…」
 直江はしばらく考えます。
 このまま王都に帰っても、どうすることも出来ないのは明白です。この地を指し示す伝説がある以上、何かこの地に関連する事柄があったことは間違いありません。この地に唯一建つであろう建造物の書庫、そこに何か手がかりがあるかもしれない、と思い始めます。高耶さんとしばらく一緒に過ごしたい、という思いもさらにその考えに拍車をかけます。
 王都に帰っても何も状況は変化しない。ならばここで藁にでも縋る気持ちで文献を調べるべきだ。
 心は決まります。
「しばらくご厄介になってもよいですか?」
「もちろん!」
 高耶さんは単純に直江が側にいてくれると、喜びに破顔します。
 それを見た直江は心拍数が途端に上がるのを感じます。
 もしかして俺は……
 自分の感情をだんだん自覚してきます。
 高耶さんのことが好き、なのか?
 今まで気心の知れた友人、というのはいましたが、それ以上の存在がいなかった直江です。自分の感情の変化に戸惑いますが、元来常識が乏しい直江は、自分の気持ちを自覚すると、すんなり受け入れてしまいます。
 俺は高耶さんのことが好きになったのか…
 自覚すると開き直ってしまいます。
「紅玉の手懸かりが掴めるまでこちらにご厄介になっても構いませんか?」
「ああ!」
 高耶さんは直江との生活に想いを馳せ、胸をワクワク高鳴らせます。
 高耶さんにとって初めての他人との生活です。毒の体は気になりますが、それ以上に直江に対する興味が勝ります。
 毒は中川の蠱毒薬を飲んで、直江に近づきすぎなければ大丈夫だよな…
 自分の心の中で呟きます。僅かばかりの不安を押しつぶし、楽しいことだけを考えます。
「どうするか?今からすぐに書庫に行く?」
「そうですね……とりあえず、どんな感じかみせてもらえますか?」
「わかった」
「こっちだ…」
 直江の治療を終えた高耶さんは、また再び上着をキッチリ着るのは無理そうな直江の状況に、どうしよう…、と思案します。しかし、直江は上着を脱いで上半身はシャツ一枚の姿のまま、このままでよいですよ、と平然としています。高耶さんはその様子に戸惑いながらも、別段おかしな格好ではなかったので、そうか、と一言頷くだけにしました。直江のシャツ姿は先ほどの姿とはまた違い、男臭く独特の色香が漂います。胸元などは厚い胸板を主張するように適度な張りを持ち、布越しにも鍛えられた躯なのがわかります。その様子に高耶さんは胸を高鳴らしながら、胸元に視線が行かないよう俯きがちに直江を案内します。  薄暗い地下は、明かり取りの窓から僅かばかりの日光が注ぐだけでした。なので昼間ですが、高耶さんは右手にランプを所持し直江を案内します。短い階段を下りると、そこには重厚な扉が現れます。
「ちょっと待っててくれ」
 高耶さんはガチャガチャと鍵を取り出し、扉を開けます。
「ここだ」
 ギギギ…
 軋んだ音を立てて開かれた扉の向こうには、おびただしい数の本が棚に並べられ、棚に入りきらなかった分でしょうか、床の上に積み上げられたものまでありました。その量はゆうの王宮の図書館にも勝とも劣らないもので直江は驚きに声を無くしました。
「量が量で整理しようが無くってさ…」
 高耶さんは本の整理が行き届いていないのが見て取れる惨状に、恥ずかしくなり言い訳じみた言葉を吐いてしまいます。
「凄いですね…この量でしたら端から調べていたら、一生かかりそうだ…」
 直江は呆然と呟きます。
「だいたい分類はされているんだ…最近のはオレが読んだことあるのだし……」
「どうやってこの量の本を誰が集めたんですか?」
 王宮の図書館に並ぶほどの蔵書量など本来一人の人間が集められるものではありません。王宮の蔵書も王家が起ったとき、前王家の蔵書を引き継ぎ、何百年もかけて今の蔵書量になったのです。ここの蔵書量はどう考えても異常としか言えません。
「知らない。オレがここにいたときにはあった…」
「ここにいたとき?」
 直江はその表現に不思議に思って高耶さんに尋ねます。
「オレの記憶はここで小太郎と二人で過ごしているとこから始まっていて、どこで生まれたのかも母親、というものがいるのかもオレが何なのかも知らない」
「どういうことですか?」
 直江は意味がイマイチ理解できず、思わず尋ねてしまいます。
「オレはオレが何者でどうやって生まれたのかもなんにも知らないってことだよ」
「自分が何者であるかも?」
「そ、小太郎の奴は何か知っているみたいだけど、オレの名前と誕生日以外教えてくれやしない」
「小太郎?」
「オレの横にいた黒豹」
 覚えてないか?と問う高耶さんに直江は、あぁそう言えば…と思い出していました。高耶さんの真横にピタリと付き従っていた、しなやかな体つきの黒豹のことです。
「なぜ小太郎が?」
 黒豹の小太郎が高耶さん本人も知らないことを知っているのか当然の疑問です。
「この森に昔からいる幻庵爺が教えてくれたんだ。小太郎がオレをこの森に連れてきたんだと」
「高耶さんはもとからこの地で生まれ育ったのではないのですか?」
「そうらしい…ほら、この辺だ」
「え?」
 高耶さんの話を聞きながら、あとを着いて歩いていた直江は突然立ち止まった高耶さんに驚きの声を上げます。
「伝承が書かれた本がこの辺にある」
 高耶さんはその中の一冊を手に取りながら直江を振り返ります。
 その手に持たれた本は王家が成立する以前に書かれた本でした。
 その時代の文献は王宮内でも貴重なものです。直江は大切に受け取り中を開いてみます。紙は黄ばみ所々破れていますが、大切に保管されているのがわかります。
「……」
 そこに書かれた文字は古い文字で、直江には辛うじて読めるものでした。
「この辺一帯の本は全て伝承が書かれているものだ」
 高耶さんが指し示す範囲には、莫大な量の本が並べられています。それだけで溜息が出ていそうな量です。
「先ほどの幻庵という方は昔からこの森にいらっしゃるのですか?」
 高耶さんのことだから、この森に昔から住む動物のひとりだと思った直江は、高耶さんに尋ねます。
「あぁ」
「お会いできますか?」
 とりあえず、この量の文献に端から手を付けるのは得策ではない、と直江は判断しました。それはそうでしょう。その量は十年かかっても読める量ではありませんでした。
「幻庵爺にか?」
「ええ…」
「でも、何も話しちゃくれないぞ?」
「構いません」
「わかった」


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