オオギタカヤと愉快な仲間たち(第11〜15話)


 直江の言葉に意図がつかめない高耶さんですが、直江が会いたい、というのです。幻庵爺のところにとにかく案内をしよう、と思います。
 折角地下まで降りたのに、二人はまた地上に上がり森の奥に入っていきます。
 高耶さんのあとをついていく直江は、もしかしたらこの森は地図に書かれた広さより広いのかも知れない、と思っていました。
 実際に歩いている距離はかなりのものです。地図上ではあまり広い森ではありませんでした。しかし、この広さはどういうことでしょう。
「高耶さん」
 直江はたまらず後ろから高耶さんに声を掛けます。
「なんだ?」
 高耶さんはきちんと直江の方に振り返って応えます。
「この森はどのくらいの広さか知っていますか?」
「広さ?」
「そうです」
「……」
 しばらく考えたあと、高耶さんは口を開きます。
「三日かかっても抜けられないくらい…かな?」
「三日ですか?」
 確信を持てない雰囲気の高耶さんに直江は尋ね返します。
「この森の入り口があるだろ?」
「ええ…」
「あそこ以外からこの森に出入りできたものはいなんだ」
「え……?」
「何かの力が働いているのか、この森に出入りできる唯一の場所があの入り口らしい」
「呪いの力が働いている、ということですか?」
 辺りを見回しながら直江は高耶さんに尋ねます。
「そうかも知れない…オレにもよくわかんねーんだ」
 苦笑する高耶さんに直江は一度晴家を連れてきた方がよいかも知れない、と思い付きます。
 晴家は王家お抱えの呪い師です。直江は呪いの類は一切扱うことはできませんが、晴家の力は王国一です。晴家なら何かがわかるかも知れません。
「幻庵という方はどのような方なのですか?」
「どんな……心の広いひと…かな…」
 高耶さんは森のことに関して詳しいわけではないことに直江は気付きはじめていました。実際高耶さんはこの森に住んではいますが、だからといって森のことを知っているわけではないのです。小太郎は多少何かを知っているようですが、高耶さんは全く知らないといっても過言ではありません。
「幻庵爺!!」
 突然高耶さんが声を張り上げます。
 今まで誰もいなかったはずの場所に、人の姿がぼんやりと浮かび上がってきました。
「幻庵爺。おひさしぶりです」
 高耶さんは自然と丁寧な話し方で幻庵に挨拶をします。
「久しぶりだな…」
 幻庵も久しぶりに会った孫に対するような表情で高耶さんのことをみます。
「この方が…?」
 直江が驚きを声に滲ませながら、高耶さんに話しかけます。
 声のした方を幻庵は驚いてみます。しかしその驚きを表情には出しません。
「幻庵爺。こちらは直江。オレの知り合いです」
「…そうか…」
 一言、ゆっくりと頷くと幻庵は眩しそうに高耶さんをみます。
「今日はどのようなご用件で?」
 幻庵は全てを見透かしているのでは、と思える視線で直江をみます。その幻庵の瞳をみた直江は、心の奥底まで読まれている錯覚を覚えます。
「この森に眠るとされる紅玉について、何か知りませんか?」
 直江は僅かばかりの期待を胸に幻庵に尋ねます。
「紅玉、かね」
「えぇ」
 直江は大きく頷きます。
「なぜ紅玉が欲しいんだい?」
 不可思議な表情で尋ねる幻庵に直江は期待に胸が膨らみます。
「紅玉について知っているんですか!?」
「知っているかも知れないし知らないかも知れない。なぜ欲しいんだい?」
 幻庵は確かに人の姿をしています。しかし、直江はどこか人ではないものと会話しているような気になります。
 直江はしばらく逡巡し、重い口を開きます。
「ある人を助けたいのです」
「ある人?」
 高耶さんは不思議そうに直江をみます。先ほどこの森へ来た目的は聞いた高耶さんですが、理由まで聞いてはいませんでした。それが「ある人」を助けたい、と言うのです。とても気になります。
「そうです。とても大切な人です」
 前の言葉は高耶さんに、後の言葉は幻庵に、直江ははっきりと言います。
「詳しく聞いてよいかい?」
「ええ」
 幻庵の質問に直江は頷き、話し始めます。
「私は王宮の近衛隊の隊長を現在務めています。そのため、王や王子など王家の人間とも懇意にさせていただいています。王家の人々は血族の争いなどなく幸せに暮らしていたんです。しかし、ある日突然異国の呪術師が現れ、王子の従妹にあたる美弥姫に呪いをかけてしまったのです」
 直江は一息吐いて、高耶さんと幻庵を見回します。
「呪い?」
 高耶さんは不思議そうに尋ねます。
「そうです。王家が滅びるときまで眠り続ける呪いをかけられてしまったのです。その呪いは王宮のどの呪術師でも解くことはできず…っ」
 直江は悔しさに言葉を詰まらせます。
「未だ姫は眠り続けたまま…」
 直江の声は小さくなります。
「それで紅玉が欲しいのか?」
 高耶さんの尋ねる声に、直江は頷きます。
「ええ。紅玉なら姫の呪いも解けるかもしれないと知人の呪術師が言い出し、紅玉に僅かばかりの望みをかけ、今回王の許可のもと、この森へ探しに来たのです」
「そうか……」
 一言頷き、幻庵は思案します。
「紅玉はある」
 心を決め、幻庵は話し始めます。
「しかし、直江殿が求める力を持っているとは限らない」
「本当ですかっ!?」
「そんなのあるのですかっ!?」
 直江と高耶さんの声がハモリます。
「あぁ…」
 幻庵は二人の声に頷きます。
「紅玉は…すぐ側にあるぞ」
「え…?」
 二人は一緒に疑問の声を上げます。
「紅玉に纏わる話は知っているのかい?」
 幻庵の言葉に直江は頷きます。
「昔、この地に眠るドラゴンの力によって封印された魔物がいて、その魔物を封じた紅玉には魔力が宿り、全ての災いを消す力を持ったと言われていると聞いています」
 淀みなく答える直江に幻庵は軽く頷きます。
「確かにそれも事実だ。けれど、一つ重大な事実が抜け落ちているんだよ」
「重大な事実?」
「そうだ。紅玉の力はそれだけではない」
「え?」
 直江は疑問の声を上げます。
「紅玉はその魔物の力のあまりの強さにその性質を変えてしまった」
 幻庵は高耶を陰りを帯びた瞳で見詰めます。
「それが高耶だ」
 弾かれたように高耶さんは幻庵をみます。
「幻庵爺?それはどういう…?」
「高耶。お前のその体と瞳、それはお前が生まれたときからそうであったわけではないんだ」
「え……」
 驚きに高耶さんは目を見開きます。
「お前は生まれたときその身に強大な呪力を秘めていた。そのためこの森へ極秘に連れてきたんだ。そうして紅玉の力を行使した。紅玉は呪力を封じ込めたが、高耶は人の前に決して立てなくなってしまった」
「オレのこの体は生まれつきではない…?」
 高耶さんは呆然と呟きます。
「瞳、というのはわかるのですが、高耶さんの体とは何のことですか?」
 直江は一人話がわからず、浮かんだ疑問を率直に尋ねます。
「毒を発するんだ…」
 高耶さんは直江の疑問に一瞬息を止めると、観念したようにポツリと呟きます。その声は絶望を秘めた声でした。
 もう直江は側にいてくれない。きっと、オレから逃げるように離れて行ってしまう。
 数々の過去の人間の反応が脳裏に浮かびます。
「オレの側に来た人間はオレが発する毒でみんな死んでしまう」
 悲しみと諦めの混じった声で高耶さんは呟きます。
「そんな…冗談でしょう?だって私は何ともないですよ?ほら、こうしてずっとあなたの側にいます」
 信じられない、と直江は言います。
「それは蠱毒薬を飲んでいるから……」
「蠱毒薬?」
「オレの体の毒を一時的に押さえてくれる薬だ。だから、その蠱毒薬の効力がある間は大丈夫なんだ。だけど、効力が切れたらお前も、きっと…死んでしまう……」
 高耶さんは涙が溢れてこようとするのを必死に我慢します。
 直江に嫌われた。
 もう直江も離れて行ってしまう。
 オレはまた一人だ。
 高耶さんはわかっていたことなのに、心が痛みます。短い時間でしたが、高耶さんの心の中の直江の存在は大きくなりすぎていました。直江に置いていかれることは身を切られるような痛みです。置いていかれるだけならまだしも、軽蔑と嫌悪の眼差しで見られるかもしれないのです。その恐怖に高耶さんは逃げ出したくなります。
「高耶、心配しなくてよい。そなたのその体は元に戻すことが出来る」
「えっ!?」
 幻庵の言葉に高耶さんは驚きます。
「お前も17になった。もうよいだろう…」
 幻庵は高耶さんに近づきます。
「高耶。目を瞑りなさい」
 高耶さんの目の前に、その年齢を重ねた掌をかざし、視界を閉ざします。
「……はい」
 戸惑いながらも高耶さんは目を閉じます。
「…▽…Σ…◎…」
 幻庵はよく聞き取れない呪文を呟きます。その掌が発光しています。淡い赤色の光が神秘的な空間を作り出します。その様子に直江は見惚れてしまいます。
 幻庵が拳を固め高耶さんの目の前から手を離します。拳の中で何かが発光しています。
「高耶、目を開けてみなさい」
 幻庵の促す声に高耶さんはおずおずと瞳を開きます。
「え……」
 その光景を見ていた直江は息を呑みます。
 直江の様子に高耶さんは首を傾げます。
「高耶さん…瞳が……」
「?」
 自分で自分の瞳の様子を見ることの出来ない高耶さんは、直江が何を言いたいのかわかりません。しかし、高耶さんのルビーのように紅かった瞳が黒くなってしまっています。
「どうして……」
 直江の呟きに幻庵が口を開きます。
「直江殿。これがあなたが探していた紅玉です」
 幻庵の掌には紅い小さな玉が乗っていました。
「これ…が?」
 直江は高耶さんと紅玉を見比べます。その紅さは先ほどのまでの高耶さんの瞳の紅さとそっくりです。
「そう。これが紅玉です」
 幻庵は高耶さんの手を取り、その掌に紅玉を握らせます。
「高耶。全てはこの先の石碑の下にある。それを読んでお前はお前があるべき場所に帰りなさい。私はもう去らなければならない。私の役目は終わった」
「えっ?幻庵爺…いったい何を言って……」
 突然の幻庵の言葉に高耶さんは戸惑います。しかし、幻庵はその戸惑いを無視して話を続けます。
「お前なら大丈夫だ、高耶。直江殿。このようなこと、頼むのは図々しい願いかもしれないが、高耶のことをよろしく頼みます」
 幻庵の姿がだんだんと消えていってしまいます。
「待ってくださいっ!!」
 高耶さんは幻庵の薄くなっていく姿に、本当にもう二度と会えなくなるのでは?という焦りから叫んでしまいます。
「幻庵爺っ!!」
「高耶のこと、よろしく頼みます」
 幻庵は直江に向け言います。直江もその頼みにしっかりと頷きます。
「わかりました」
 直江の返事を確認すると同時に、幻庵の姿は森から消えてしまいました。
「幻庵爺……」
 高耶さんは呆然と立ちつくします。


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