オオギタカヤと愉快な仲間たち(第16〜20話)
「何…?一体どういう……??」
「高耶さん」
訳もわからず、立ちつくす高耶さんに直江はそっと声を掛けます。
「え……?」
高耶さんの瞳から知らずに涙が零れます。その感触に高耶さんは自分が涙を流したことに気が付きます。
「オ…レ……?」
「高耶さん…」
直江が高耶さんに歩み寄り、その肩口に高耶さんの頭を引き寄せます。
「なんで……?」
「泣いていいんですよ…高耶さん」
直江はその大きい掌で、優しく高耶さんの頭を包み込みます。
直江の暖かい掌と、ガッシリとした肩口の体温に高耶さんは何かの糸が切れたように泣き続けてしまいました。
「高耶さん…石碑の下を見に行きましょう?」
泣き疲れて涙も止まった頃、高耶さんに直江は言いました。
「ね?そうしないとあなたもこのまま進めない」
「………わかった」
沈黙のあと、高耶さんが泣いたせいで掠れている声で呟きました。
「石碑はこの先ですか?」
優しくリードするように直江が囁きます。
「あぁ」
高耶の肯定に、その腰を軽く押し、誘導しながら直江は歩き始めます。高耶さんの歩調にあわせてゆっくりと歩きます。しばらくすると、そこにはいつからあるのかわからない古い石碑が一つポツンと建っていました。
「ここだ……」
魔物を封印するときに用いられた力の持ち主のドラゴンの墓なのか、石碑には「ここに紅き力持つドラゴン眠る」と書かれています。
「石碑の下、ですか…?」
思い石で出来た石碑の下などどう探ればよいのかわからず、直江は戸惑いを滲ませます。
「この石碑は動くって聞いたことがある……確か……」
高耶さんは、昔幻庵に聞いた話を思い出しながら石碑に近づき、周辺を探ります。
「こう、だったよな……」
高耶さんがある一定方向に石碑を押すと、ゴゴゴゴ………と盛大な音を立てながら少しずつ石碑が動いていきます。
「手伝います」
直江も高耶さんの背後から手を添え、石碑を動かすのを慌てて手伝います。
ゆっくりゆっくり動いていく石碑の下に小さな空間が現れました。
「これ…のことなのか?」
現れたのは一冊の古びたノートでした。
そのノートを高耶さんは丁寧に開きます。
「これは……?」
中を読み進めていくうちに驚きに二人は目を見張ります。
そこには―――
「………」
あまりの内容に一気に読み進めた二人は呆然と立ちつくしています。
「これ……」
高耶さんが小さな声で呟きながら直江を見やります。
「本当…のことなのでしょうね……」
直江も自分の言葉を一つ一つ確認するように呟きます。
「あ…あ」
そこには、様々なことが書かれていました。高耶さんの出生。この森で育つことになった経緯。経緯や出生は王都を震撼させるほどの重大な内容でした。
実は高耶さんは王族の一員。正しくは美弥姫の兄に当たる、というのです。これには直江も驚きました。
しかし、そう言えば佐和子には美弥の前に一人死んだとされる息子がいたことを思い出しました。記録ではその子は死産となっていました。
それが高耶さんなのか?
直江は疑問に思います。
そのことについても詳しい詳細が書かれていました。さらには高耶さんの呪力についてまで書かれており、それを読んだ直江は、これは…と言葉をなくしました。なぜなら高耶さんの力ならば美弥を呪いから解放できるかもしれないのです。
高耶さんの存在について知っているのは謙信公と幻庵、さらに佐和子の実家北条の当主氏康だけと書かれています。これを読んだら一度上杉の王都へ、謙信に会いに行くよう最後に書かれていました。
「王都へ…ですか…」
「うん……」
直江は高耶さんをチラッとみて、決心を固めます。
「王都へ行きませんか?私があなたのことは守ります」
「王都へ……」
高耶さんは急な展開に戸惑います。今まで一生を森の中で生きるのだと諦めていた高耶さんです。それがいきなり王都へ、です。それも自分は王族の一員だと言うのです。戸惑いも半端ではありません。しかし、直江の力強い言葉は高耶さんを揺さぶります。行ってみようか、そんな気になってきます。
「……わかった」
「高耶さん、準備は出来ましたか?」
「あぁ」
高耶さんは簡単な荷造りのみで直江の横に立ちます。
「それだけでよいのですか?」
直江は高耶さんの格好に疑問を持ちます。あまりにも荷物が少ないのです。
「とりあえず、これでいいだろ?別に二度とここに戻らないわけでもないんだし」
「まぁそうですね。とりあえず、向こうに一度行くんですから。留守中ここはどうするんですか?」
直江は高耶さんの小屋の入り口から全体を見回しながら言います。
「小太郎に頼むから大丈夫」
な、と小太郎に向けて高耶さんは笑顔をみせます。
小太郎は仕方なさそうに高耶さんに頷くと、直江を一睨みします。それはいかにも直江を威嚇しています。しっかり高耶さんを護れということでしょうか?
「んじゃ!小太郎頼むなっ!!」
高耶さんは元気に出発します。森からでようとする高耶さんに、森の動物たちが声を掛けます。
「どういうことじゃっ!?オオギっ!!」
嘉田が声を掛けます。
「ちょっと王都まで行ってくる♪」
「何をいうておるんじゃっ!!おんしその体で行くがかっ!?」
嘉田は高耶さんを引き留めるのに必死です。
高耶さんは嘉田たちに自分の毒の体が治ったことなど一切話していないことに気が付きました。
「そっか…よくみてみろよ、オレの目。もう紅くないだろ?毒の体も治ったんだ!」
高耶さんは先ほど小屋の鏡で自分の瞳の色を確認していました。自分の目が黒くなっていて驚きましたが、喜びが湧き上がります。毒の象徴のような紅かった目が黒くなっているのです。それに、蠱毒薬が切れる時間になっても直江の具合は悪くなりませんでした。
オレの体は治ったんだっ!これで普通に人間と話せるし、友達にもなれる!!
心が浮き立ちます。
「嘘…じゃ……」
動物たちは信じられない状況に呆然としますが、浮かれてそれに気が付かない高耶さんはさっさと歩き始めます。
「んじゃ行って来るな!留守番頼むぞっ!!」
「あ…高耶さん!」
直江が軽快に歩き出す高耶さんのあとを慌てて追います。
道中色々なことがありました。実際は高耶さんの居た森は王都から馬を走らせて2日、旅をするなら1週間の距離です。しかし、高耶さんが周囲を珍しがり、王都到着まで1週間と3日かかってしまいました。ですが直江は、途中村や町での高耶さんの反応が可愛くて仕方がなく、急かすようなことをせず、地道に付き合っていたのですから、お互い様です。
「直江…これは……」
そびえ立つ巨大な壁を前に高耶さんは呆然とします。それは、都を囲む塀でした。話には聞いていた高耶さんですが、百聞は一見にしかず、実際にみてみるとあまりの巨大さに驚いてしまいます。
視界の先では、門らしき場所に役人が立っています。そこを通る人は何か通行証のようなものを見せています。
「あ…オレ通行証持っていない……」
高耶さんは、城下町に入るには通行証がいる、とかつて読んだ本に書かれていたのを思い出します。
「大丈夫です。私が何とかしますから付いてきて下さい」
高耶さんの心配を察した直江が、笑いかけながら城門へ歩くよう促します。
戸惑いながらも歩き出す高耶さんのあとを、直江が付いていきます。
「通行証は?」
役人が声を掛けてきます。
「これを」
そこに直江が後ろからあるものを差し出します。
「あ!こっこれは直江様っ!」
役人は驚いて慌てて頭を下げます。
直江は近衛隊長です。都の役人なら、いくら下級の役人でも直江の顔くらいは知っています。その近衛隊長が突然現れたのだから驚くのも当然です。
「通ってもよいか?」
横柄に聞く直江に役人は始終低姿勢で答えます。
「はっはい!しかし…こちらの方は?」
役人は質素な服装の少年の高耶に不審そうに視線を投げます。
「私の知人だ。この通行証は特別なもの。わかっているだろう?」
謙信公から発行された特別な通行証をちらつかせながら役人に言います。
その通行証は王都でも特別なもので、それを持つ人物とその連れはノーチェックで城門を通過できるのです。
「申し訳ございませんっ!!」
役人は自分の無礼な態度に直江が不快に思ったのを敏感に察し、慌てて道を空けます。
「どうぞお通り下さい」
そうして二人は王都の地を踏みしめました。
「こちらですよ」
道中に通過したどの町よりも多い人に高耶さんは驚いてしまっています。
呆然と街の様子を眺めている高耶さんに、直江が振り返り促します。
「高耶さん?」
「あ…あ!ゴメンっ」
直江の呼びかけにようやく正気に戻った高耶さんが歩き出します。その様子を微笑ましく見ながら、直江は今後の予定を話し始めます。
「とりあえずは私の屋敷に一度ご案内します。一晩ゆっくり休養を取って、明日王に謁見しましょう?」
すでに昼は過ぎ、そろそろ空も夕闇に閉ざされようとしていました。高耶さんもここ十日の疲れを一気に自覚してしまいます。
「ああ…それはいいけど……王に謁見って?」
まさか自分も王に会うのか?と驚いた高耶さんは直江に尋ねます。本来、庶民が王に会うことなど不可能です。なのに、直江は直江だけでなく高耶さんも王に会うようなことを言っています。
「ええ。どうせ私も報告をしなければなりませんから」
当然のように言う直江に言い返すより早く、高耶さんはようやく今回の目的を思い出しました。今回わざわざ王都にやって来たのは、幻庵の言い付けで、自分について明らかにするためです。そのことを思い出すと、直江がなぜ自分と一緒に付き合ってくれているのかという理由まで思い出してしまいます。今まで直江との道中楽しくて忘れていたのですが、直江は美弥という自分の妹かもしれない姫の呪いを解くために森にやって来たのでした。そして、今も自分を王都へ連れてきた最終目的はそれです。
直江のことが好きになっていた高耶さんですが、美弥という自分の妹かもしれない存在のために直江はわざわざ森に来たんだと思うと、なぜか胸がモヤモヤとしてきます。
そうだ。直江は美弥って奴のためにわざわざ危険かもしれない森に来たんだ。
高耶さんはようやくそのことに思い至ります。今までそこまで考えつかなかったのですが、気が付いたら直江と美弥の関係が気になってきます。もしかして、二人は恋人同士だったとか?幼い頃に読んだ童話が思い浮かんできます。魔女に呪いをかけられた姫を助けに危険を冒す騎士の話です。二人はそうして結ばれるのです。
「どうしました?」
眉を八の字にして、不満そうに直江を見上げる高耶さんに直江は尋ねます。
その様子も可愛いなんて思っているのですから、いい加減直江の頭の中は腐ってます。
「なんでもない…」
泣きそうになりながら高耶さんは答えます。
もし考えが当たっていたら、美弥ってのが目覚めたらオレはいらないんだ…。直江の隣には別の人間がいるんだ…。オレの居場所はナイ?
だんだん考えが飛躍していきます。幻庵は高耶さんが美弥の呪いを解くことが出来ると言っていたから、高耶さんは都に来たのです。謙信から話を聞き、美弥を目覚めさせるには自分が何をすればいいか教えてもらい、美弥を目覚めさせ、直江を喜ばしてやろうと思っていたのです。
それだけでよかったはずなのに、美弥が目覚めたあとのことを考えると、美弥など目覚めない方がいいとまで思ってしまいます。
美弥を謙信から話を聞き、目覚めさせたらまた森に帰ろうと思っていたはずなのに、直江の側にいたい、と思っている自分がいます。
ずっと直江の側にいたい―――
高耶さんはようやく、その思いに辿り着きました。
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